06 可愛い生き物
「おまたせーっ……おっと、眠っちゃったか」
オタヤが食料を集めて戻ったとき、俊は夢の中だった。
自分の腕を枕に、開いたままの本を横に置いて眠っていた。
「ふむ……あんなにも勉強嫌いなお前が熱心にこの本を読んだのか。更生への大きな一歩と考えるべきか」
オタヤは俊を起こさないように、本の横に様々な種類の木の実を置き、その場を後にした。
「うっ……寒っ……」
寒さで目が覚めた俊は目をこすりながら体を起こす。
開いたままの本の隣に木の実と置き手紙があった。
「また手紙……」
折りたたまれた手紙を確認する。
そこには日本語で文字が綴られていた。
『私は先を急ぐので失礼するよ。地図もあげるから活用してくれ。健闘を祈る。オタヤ』
旅をしながら商人もしていると言っていたから、次の場所へ商売をしに行ったのだろう。だが、背負ったリュックしか荷物は持ってなかった。一体どんなものを売って生活していたのだろうか。不思議に思う俊だった。
オタヤが集めてきた木の実はポケットにしまえるほどの量だった。右と左にある大きいポケット、右には壺に入った鎮痛薬が入っている。薬と食べ物を一緒に保管することに抵抗を感じたが、目の前の木の実をすべて収納するためには一緒に保管しないといけない。しぶしぶしまい込んだ。さらに、先ほど食べた青い実もいくつか取って、同じようにポケットへと入れた。
日がすでに沈みかけている。赤い空がそれを告げていた。
すでに肌寒い。支給された服のままでは夜はかなり寒そうだ。どこか風を避けることができる場所はないかと立ち上がった。
「おっと、忘れ物、忘れ物」
古びた地図と厚い本を持つ。さすがにこれはポケットにしまえない。片手がふさがってしまうが仕方ない。
打ち付けた体の痛みはかなり回復していた。歩くぐらいならさほど痛くない。地図を確認し、縄張りに入らないように注意を払って特に目的地もなく歩き始めた。
「ガルゥ?」
「ガウ!」
歩き進めると、離れたところにミノタウロスを見かけた。今度は黄色の姿をしている。あれはきっと雷でも使うんだろうな、と思いながら静かに歩く。地図に書かれている円より外側を歩いている。そのおかげかミノタウロスが迫ってくることはなかった。
「あんなでかいやつに気づかれないのはいいんだけど……お前はなんなんだよ」
俊の後ろには、耳が翼のようになった小さな桃色のウサギがいた。いつの間にかびょんびょんとはねてついてきている。
俊が歩けばついていき、止まれば一緒に止まる。何も害があるわけではないが、どうしても気になってしまう。
「はあ。これやるからどっかいけ、しっし」
ポケットから青い実を一つ出して投げると、嬉しそうにその実を追って行った。今のうちにと足早に歩く。しかしウサギと離れたのはものの一分だけだった。
投げた青い実をくわえて嬉しそうにウサギは走ってきた。その姿を見た俊は嫌そうな顔をする。
「はああああああああ……お前なあ……」
「キュウ!」
頭をかかえてしゃがみ込んだ俊。その足元にウサギは寄り添い、頭を擦り付ける。その姿は甘えるネコのようだ。
俊はもともと動物が苦手ではなく、むしろ好きな方だ。だが喧嘩が多かったせいで、動物をかわいがることもできず逃げられてきた。動物への片思いだったのだ。
目の前にいるウサギを優しくなでた。ウサギは嬉しそうに目を細める。どうせついてきてしまうのだろうと、諦めて進むことにした。
思った通りウサギはついてくる。
もう可愛いからなんでもよくなってきた。食べ物もきっと自分でどうにかするだろう。
日が沈み、あたりは暗くなった。あいにく空には雲があるようで、月明かりは望めない。
さらに、周りを照らすことができるような物は持っていない。ただでさえ森の中という足場が不安定な場所を進んでいるのだ。今やみくもに進むには危険だと感じた。
「野宿かよ。最悪」
落ち込んでいると、今まで後ろをついてきていたウサギが俊の前に飛び出した。
「キュウ!」
「あ、なんだよ……」
ウサギは俊のポケットに頭をぶつける。何事かと俊がしゃがむと、ウサギはポケットとその蓋のわずかな隙間に顔を入れる。
「キュ!」
パッと顔を出したウサギの口にはオタヤが持ってきた白い実が加えられていた。その実をウサギはもぐもぐと食べる。
「腹減ってたのかよ」
飽きれた様子で実を食べるウサギを見ていたが、すぐに異変に気付いた。
桃色のウサギの体が光始めたのだ。
だんだんとその光は強くなる。そして実をまるまる一個食べきったときには、懐中電灯並みの光を発していた。
「お前……ただのウサギだと思ってたけど、すげえな。いや、まじで」
「キュキュ!」
ウサギが嬉しそうに耳を動かした。目を丸くした俊だったが、すぐに目じりを下げて笑った。それを見たウサギも笑ったように見えた。
「うっし! もうちょい歩くか」
「キュウ!」
光を放つウサギが先を歩き、その後を俊が続く。時々地図を確認して、縄張りの中に入らないよう気を付けながら進んだ。ウサギは縄張りをすでにわかっているのか、軽快に進む。
「お? うん? 建物……?」
しばらく進むと建物を発見した。小さめのログハウスのようだ。あたりはすでに真っ暗。人がいれば明かりをつけているはずだが、その家は真っ暗だった。
屋外で寝るよりも屋内の方が安全であることは間違いない。森の中なのだからいつ襲われてもおかしくない。屋内ならば安心できるだろう。とりあえず中が使えないか確認をすることにした。
「鍵、あいてるや。おじゃましまーっす……」
扉には鍵がかかっていなかった。
ギイと音を立てて扉は開く。足元でウサギが光を放っているため、建物の中を照らしてくれた。
中はゴミが多かったが、埃はたまっていなそうだ。もしかしたら最近まで誰かが使っていたのかもしれない。しかし、人気は感じない。
「持ち主が来たら悪いし、入り口だけ借りよう、な」
「キュン」
勝手に建物の奥まで使っていたら、持ち主が帰ってきたときに驚いて何が起こるかわからない。まだ玄関のところの方が扉を開けて驚くだけで終わりそうだ。それにいくらウサギの明かりがあっても真っ暗な知らない家を探索するのには、それなりの勇気が必要だ。このアナザーに来たばかりで疲れている俊にそこまでの勇気を出して進むことはできなかった。
ウサギも言葉を理解しているのか、勝手に奥へと進むことはなかった。
玄関の部分で壁に背を預けて座る。ウサギはそんな俊の膝の上へと飛び乗った。
「お疲れ」
俊はウサギをなでながら、ゆっくりと瞳を閉じた。
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