04 なんでもかんでも命がけ
凸凹の道をがむしゃらに走る。後ろからはミノタウロスが迫っている。逃げられるのかどうかもわからないが、足を進めるしかない。
全力で走って三分ほど。体力には自信があるため、息が切れることもなく、まだまだ走れると思いながら進むと、先に走り去っていった目立つピンク色の生き物が見えた。
その姿を確認してすぐに、なんだかむしゃくしゃと無性に腹が立った。
追いかけてくるミノタウロスの獲物はこの生き物から自分に変更されたのだ。ずっとこのピンク色が狙われていればよかったのに、お前のせいで追いかけられているのだと。
イライラした俊は走りながら勢いをつけ、力強く大地を蹴り上げる。するとまるで走り幅跳びのように大きく舞った。着地地点には腹立たしいピンク色。その背中に飛び乗ったのだ。
「てめえのせいだ、オラァ!」
「グギャアウ!」
「てめえが来なけりゃこんな走ったりしねえんだよ!」
俊が飛び乗ったことに驚き、バサバサと羽を動かして落とそうとする。しかし俊は首元をしっかりとつかみ離さない。わちゃわちゃとしていると、あっという間にミノタウロスに追いつかれてしまった。
「ギャウ!?」
「うげっ!?」
ミノタウロスの姿を確認した俊とピンク色の生き物。ミノタウロスが斧を振り上げたとき、ピンク色の生き物は走り出した。
「あっぶねっ! いけっ、走れ!」
俊は落ちないようにしっかりと首元の毛の根元をつかむ。俊が少しでも力が入れば痛いのか「グゲェ」と声を上げる。なのでできるだけ力を入れないように、そして落ちないようにうまくバランスを取った。
この生き物は人が走るスピードよりも断然速く走り、あっという間に青いミノタウロスの姿は見えなくなった。するとピンク色の生き物はゆっくりとスピードを落として止まり、近くの木に実っている赤い木の実をむしゃむしゃと食べ始めた。
姿が見えなくなったしもう大丈夫かな、と後ろを確認していると、今度はドシンドシンと地響きとともに青い姿が垣間見える。
「おいてめえ! あいつ走ってきたぞ! もっと走れ!」
「ギャアウ!」
俊が指をさして迫るミノタウロスを示すと、再び走り出した。
道なき道をどんどん進む。時には細い枝が密集している中を無理やり進むため、俊は枝で顔や服に傷を作った。しかしそんな痛みは、後ろから迫る危機から逃げることに必死で気にすることがなかった。
ミノタウロスとの距離はわずかだが縮まってきている。
ちらっと後ろを確認すれば、斧を振り回しながら走ってくる姿が見えた。俊の下で走っている生き物も危機感を感じているようで、先ほどよりも猛スピードで走っている。俊にその行先がわかる訳もなく、急に進む方向を右に九十度変えたことで遠心力によって振り落とされてしまった。
「ぐっ……!」
振り落とされた先には大きな木。そこへ背中を打ち付けて地面へと落ちる。一瞬呼吸ができなくなる。あまりにも強い衝撃にに顔をしかめた。
ミノタウロスはどうやらピンク色を狙っているようで、走る向きを変えたようだ。俊の元にやってくることはなかった。
「あんやろうっ……」
体を起こそうとするも鈍い痛みが背中を走る。
両手に力を入れて上体を起こし、木にもたれかかるように起き上がった。
ミノタウロスに追われる心配はなくなり、ふぅと痛みをこらえるためにも一呼吸する。背中だけでなくて、左肩にも痛みがある。喧嘩でおうような痛みとは違う、もっと強く、ずきずきとする痛みだ。
「こんなとこで何しろっていうんだよ……」
見知らぬ場所へ連れてこられてからの、謎の生き物に追われて命の危機。そして体を打ち付けて負傷。訳の分からないまますぎていく時間。俊には不安しかない。
深い溜息をついて木々に隠れる空を見上げた。葉の隙間からわずかに空が見えた。
青いミノタウロスが去ってから五分ほど。少し痛みが落ち着いてきたところだった。すっかり俊は安心していたが、危機はまだ、去ってはいなかった。
「グルルルガアアア!」
「へっ!? そりゃ、ないって……」
青いミノタウロスが追ってきていた方向とは逆の方向に、今度は赤いミノタウロスが見えた。同じように斧を持っていて、鼻からわずかに火が出ている。
俊は体の痛みをこらえ、ゆっくり立ち上がる。しかし、思いっきり走って逃げようにも痛みで思うように体が動かない。今逃げなくては今度は赤いミノタウロスに殺される。
どうやらまだ気づかれていないようだ。
このまま気づかれないようにと普段は信じない神に祈りながら、赤いミノタウロスに背を向けて少しずつ歩みを進める。
「ガゥ……? グルルルル……」
「ガアゥゥゥゥッ!」
匹と数えるのが正しいのかわからないが、ミノタウロスの声が複数聞こえた。どうやら二匹のミノタウロスが鳴いたようだ。俊の後ろで一匹、そして青いミノタウロスがいるであろう方向から一匹。
声が聞こえる方向から離れるように足を進める。しかし、後ろからドシンと嫌な音が聞こえた。
恐る恐る振り向くと、赤い炎がどんどん歩いて近づいているのが見えた。そして青い姿も確認できる。
「嘘、だろ……くそっ!」
ドシンドシンとどんどん近づく足音。
逃げようと痛みをこらえて焦りながら走る。焦りすぎたせいで、太い木の根に躓いて転んでしまった。そして根の先には一メートルほどの段差。そこへ俊は転がりながら落ちていく。
「つっ……はあ、はあ……ぶつけてばっかだな」
再び体を打ち付ける。今度は木でなく地面に。高さがあったものの、木よりも地面の方が痛みが少なかった。しかし、痛いことには変わりない。
立て続けに走ったことで息が切れる。もう体も心も限界だ。体を起こす気力すらなかった。
それでも迫りくる足音。だんだんとその音は大きくなり、俊が転んだ木の根の所で赤と青のミノタウロスが並んで立ち止まった。
「はっ……このざまかよ、なさけな……」
「ガアアアウ!」
「ブルルルル!」
赤いミノタウロスの鼻からは炎が出る。一方青いミノタウロスの口からは鋭い牙が見えた。
「はっ、こんなまずそうな餌なのに、鼻息荒くしてやがる」
二匹のミノタウロスは俊をめがけて斧を振り上げる。
もう逃げることは無理だと、死を覚悟して俊は瞳を閉じた。
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