03 見知らぬ男と見知らぬ場所
ぐっすりと眠っていたが、ドタバタと騒がしい音がアパートに響き渡る。その騒音で、瞼を開いた。
毎晩戸締まりはしっかりとし、確認をしてから寝ている。なのに今、見知らぬスーツの男たちが俊の周りを囲んでいた。
全ての男がしっかりとした七三分けの髪型で、違いと言えば体格とメガネぐらいだ。突然の男たちに驚くと同時に、大の大人がそろいもそろって同じ格好であることにどこか気持ち悪さを感じた。
しかしそんなことを感じてる場合ではないと、すぐに口を開く。
「お前ら、だ、誰だよっ!?」
「失礼。確かに昨日、連絡をしたはずだが……ああ、こちらに。我々はこれを送った特異省の措置部の者です」
一番小柄の銀縁メガネをかけた男が床にあった紙を手に持ち、指し示す。
その紙は速達で届いた手紙だ。ということはこいつらがアナザーに連れていくやつらか、と理解した。
「これから花崎俊、貴様をアナザーに連行する。しかし……その恰好でいいのか? 着替える時間なら与えてやるが」
今は上下無地で灰色のスウェット。部屋着として使ってるものだ。
もうかれこれ五年以上同じものを着ている。穴こそ開いてはいないがところどころ生地が薄くなっておりすでにボロボロである。
「んなの、なんでもいいだろ」
「いや、その服では……ふむ。おい、お前。車の中の服、もってこい」
別の男に指示を出すと、すぐに何やらビニールに包まれた荷物を持って戻ってきた。そしてそれを俊の目の前に置く。
「それに着替えろ。すぐにだ」
「は、なんで」
「いいから着替えろ。すでに時間が押している」
小柄の男は銀の腕時計で時間を確認すると、急げとせかす。そんな男の圧からしぶしぶ受け取った荷物を開き、中に入っていた服に着替えた。
真っ白な長袖のシャツに、真っ黒で伸縮性のある長ズボン。おまけに真っ黒な薄手のコート。コートには、蓋がついたの大き目なポケットが付いている。コートを触ってみると撥水性がありそうな生地だった。
着替えているときも、逃げられないようにか男たちはずっとこちらを見ていたのが、ものすごく気持ち悪かった。
「はいはい。これでいいんでしょ?」
「ああ。……やれ」
小柄な目の前の男の指示で、一斉に男達が動く。一番体格がいい男が俊の体を後ろから封じ込めた。
何度も喧嘩で似たような場面はあったが、思いっきり腕や足を動かすことで逃げ出すことができていた。しかし今回は体格に差がありすぎる。後ろから羽交い絞めされて、体が宙に浮く。足をばたつかせてもびくともしない。決して低くはない俊の身長を上回るどころか、力もかなり上回っている。
「いてっ、いてててててっ! くそっ……離せっ! 一体何だってんだよ。うぐっ」
抵抗もむなしくうつ伏せに倒された。その背に乗られて頭を床へ押さえつけられる。何も身動きをとることができない。
そして何かで目隠しをされ、視界をふさがれると、袖をまくられて何かを刺された。
「なに、してん……だ……」
だんだんと瞼が重くなる。そして何が起きたかわからないまま意識を手放した。
次に目を開いた先にあったのは見知らぬ場所だった。
緑の葉を茂らせた木々が風に揺られてざわめいている。生い茂った葉のせいで日差しは遮られ、薄暗く、肌寒さも感じるほどだ。ボロボロのスウェットでは寒さで震えただろう。手渡された服のおかげで、寒さに震えることはなかった。
ふと足元を見ると、ご丁寧に履きなれた黒いスニーカーが履かされていた。だがよく見ると左右逆だ。俊は履き直した。
(ここは森、なのか……?)
乾燥した土の地面の上に置き去りにされていたようだ。立ち上がり、周りを見る。
「どこだよ、ここ。なんだってんだよ……」
人の気配はない。
この森は、薄暗いせいでやたらと不気味に感じさせる。
このままこの場所にいても何か変わることなさそうなので、躊躇することなく少し歩いてみることにした。
しかし、いくら歩いても風景が変わらない。
永遠と同じ所をグルグルと歩いてるんじゃないかと不安になるぐらいだ。ただただ体力だけが削られていく。
歩いている間にも鳥の声すらなく、虫すら見かけていない。生き物が何もいないのだ。特に舗装された道がある訳でもないので、適当に歩くが、ひたすらに木だけが並ぶ変わらぬ風景に飽きてきた。少しでも違う風景を見たく、腐った木が倒れていたり、水はけが悪いのか少し濡れた地面を進む。
歩き始めて30分は経っただろうか。
後ろから初めて、ガサガサと風で生じた音とは違う音が聞こえた。
「なんだ……?」
振り向いて確認するも、目で見える場所には何もいない。気のせいだったのかもしれないと前を向く。すると今度は大きな足音とともに微弱な揺れを感じて立ち止まる。
とても嫌な感じがして、顔が引きつる。
揺れは無くなったが音だけが聞こえる。だが、音をたてたものについては何も見えない。
ドキドキと心臓の音がうるさく聞こえた。
「グギャアアア!」
「うああああああ!」
奇妙な声をあげながら謎の生き物が飛び出してきた。心臓が一瞬止まり、すぐに動き出したように感じた。
驚きのあまり尻もちをついて俊は叫ぶ。
飛び出してきたそれは、大きな嘴を持ち、首元からは大きな羽、そして前足は鳥、後ろ足はライオンのような四足歩行の生き物であった。ただ、色が明らかに自然ではない。なぜなら、体全体が目立つピンク色だったのだ。森の中に住む生き物にしては目立ちすぎる。
そんな謎の生き物は俊の隣を一心不乱に駆け抜けていった。
その姿を唖然と見送る俊。呆然としているのもつかの間、ドシンという音で我に返る。
「ガルルルル……ブルゥ」
「……そりゃ、ねえよ……」
走り去ったピンクの生き物の後を追うようにのっそりと歩いてきたのは、さらに大きい半人半牛だった。手には怪しく光る大きな斧を持っている。俊は小学生のころに本で見た事がある。確か名前はミノタウロス――……空想の生き物図鑑で見た生き物だ。頭部は牛、体は人。記憶の中の絵と違うのはこれもまた色だ。黒とか茶色とか暗い色だったはずだ。目の前にいるのはまるで空のようなすがすがしい青色をしている。
そんなミノタウロスと目が合った。
「ガアウウウウウ!」
大きな声を上げ斧を高く掲げるミノタウロス。
そしてそのまま足を俊の方向へと進める。
「って、こっち来んのかよっ!」
あの斧を振り回されては命が危ない。斧が当たっても終わり、振り回して木が倒れれば巻き込まれて終わる。まだまだ死にたくはない。
俊は慌てて立ち上がり、走る。そして、さっきまで獲物だったであろうピンクの生き物が逃げた方向へと向かった。先に走って進んでくれていたおかげで少しだが道が開けてるからだ。
「あのピンクやろうっ!」
俊の後に続くようにゆっくりとケンタウロスは歩く。どうやら走ることはないようだ。ゆっくりとした歩みだが、足の長さの分一歩一歩が大きく、俊との距離は一定を保っている。
俊が走りをやめてしまえばとたんに追いつかれてしまう。ならばミノタウロスの大きさでは入れないような場所に行くしかない。
自分の身を守るため、ひたすら無我夢中で走るしかなかった。
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