更生―Step 1―
02 テレビは大切
学校からの帰路を少し外れたところにあるスーパーで弁当を買って家に帰る――コンビニじゃなくてスーパーに行ったのは、弁当の値段が安いからだ。
家といっても戸建てではない。ボロボロのアパートの二階の一室だ。郵便物を錆びたポストから回収して部屋へ向かい、鍵を開けて入った。
静まり返った部屋。誰かが家で「おかえり」と言ってくれることはない。二階の部屋には他に住んでいる人はいない。一階に数人住んでいるが、みな高齢者ばかりで足も耳も悪い。出かけることが少ない高齢者のため会うことがなく、近所づきあいがないので、アパート自体が静まり返っている。
「だたいまっと」
誰もいない部屋でもついつい言ってしまう。歳をとると独り言が多くなるのはこんな感じだからなのかなといつも思っていた。
課題がある訳でもないため今日は特に何かすることもない。それではつまらないので、ふとテレビを付けた。
『――というわけですが、片瀬さん。どうお考えですか?』
『そうですね、大方あっています。しかし我々は……』
お昼の情報番組。男性司会者とコメンテーターやゲスト達でその時に起きた旬な出来事について話し合ってることがほとんどだ。大きな出来事にもなると何日も同じ内容について話している。
画面の上の方にテーマが書かれていた。今日のテーマは「アナザー」のようだ。しかし最近アナザー関連のニュースは見ていない。
以前、アナザーに行くために様々な偽の方法が出回ったことがあった。どれも根拠のないものだったが、崖から飛び降りるや電車に飛び込むというような命がけの危険なものもあり話題となった。
ここ数日ではそんなこともなく、話題になるようなことは起きていない。となると、今日のテーマに関しては、他にやることがなかったのだろうと予測した。
『アナザーには何があるのか、管理している我々でも全てを知っているわけではありません。我々が利用しているアナザーはほんのごく一部。それ以外については未知の領域なのです』
『未知のものを使うのは危険なのでは?』
『管理している区域内なら安全は保障されます。なぜならその区域に適した、安全に過ごすための方法を身に着けていますから。しかし、知識も何も身に着けていない一般人や、違法ルートからアナザーを利用しようとしているなら、命の保証はしません。私は未知の区域にも調査に行きますが、とても危険な場所です。こんな怪我以上のことになるでしょうね』
スーツを着た片瀬と呼ばれる男は自分の首元を指さした。見える範囲は狭いが、切り裂かれたような生々しい大きな傷跡が残っている。傷は既に塞がっているものの、見ていて気分のいいものではない。
スタジオの出演者たちは静まり返っていた。
『まあ、こんな傷を負いたくないのなら、悪用なんてやめておいたほうが身のためです。興味が出るのは構いませんが、アナザーは恐ろしいところだ。アナザーに関与している我々が言うのだから間違いない』
『そうですよね。普通は我々一般人が関わることはないものですがね。はい、では一旦コマーシャルで。片瀬さんはここまでです。ありがとうございました』
『ありがとうございました』
凍り付いた空気を断ち切るかのようにコマーシャルに入る。
頬杖を突きながらぼーっと見ていた俊でも嫌な空気を感じ取れた。
「傷えぐっ。てかくそ暇……あ、飯」
お腹がぐうっと音を立てたことで、弁当の存在を思い出した。
部屋の隅から折り畳み式の小さなテーブルを引っ張り出す。その上に買ってきた弁当を置いて食べる。買って温めてから帰ってきたが、テレビを見ている間に少し冷めてしまっていた。しかしそれでも美味しいと感じる。
弁当を食べ終えてからやることもなく、だらだらとテレビを見たり昼寝をしたり。そんなことをしているうちに一日が過ぎていった。
――ジリリリリ。
うるさい電話の音が鳴り響く。家の電話だ。古い型のディスプレイ付きの電話だが、音が大きい方がいいという母の意見から、音がかなり昔の電話の音に設定されている。
重い瞼をこすり、足元をふらつかせながらうるさく鳴る受話器をとった。
『おはよう花崎。言った通りにモーニングコールだ』
「あー……」
『まだ寝ぼけてるのか。みんなはもう登校してるんだぞ?』
「……ふわあああ……」
『盛大なあくびだな。まあいい。今日の課題をポストに入れといた。昨日あの後に校長に相談してな、お前の今後が決まった。今日の昼にでも速達で届くだろうよ。まあ、なんだ……検討を祈る』
「は? どういうことだし」
『言葉のままだ。もう授業の準備しなきゃだから切るぞ。課題をやっとけよ』
一方的にかかってきた電話は、一方的に切られた。
頭が半分寝ぼけているため、よく理解できていない。とりあえずポストの中の課題となんか届くから見ろってことだろう。
時刻は朝八時。スウェット姿のままポストを確認しに行くと、厚みのある宛名のない茶封筒が一つ入っていた。
「多い……」
部屋に戻って中身を確認すると、問題が書かれたプリントが十数枚と、作文用紙が三枚。作文の紙は何度も見た。反省文を書くために。
プリントには英語、国語、数学、化学、日本史……五教科の問題が両面印刷されている。文章問題や計算、穴埋め……多種多様な問題が印刷されたプリントだ。
「やってられっかよ……寝よ」
文字を見るだけで眠気が再びやってきた。
開けた封筒をそのままに、布団の中へ戻る。
毛布を頭までかぶって、すぐに夢の中へと旅立った。
――ピンポーン。
来訪者を告げるインターホンで目が覚める。
壁にかかっている時計を見ると、十一時半を示している。大きなあくびをしてから立ち上がり、玄関の扉を開けた。
「速達です。えっと……花崎俊様でお間違いないでしょうか?」
「そうっす」
「こちらに受け取りのサインをお願いします」
「あい」
「ありがとうございます! 失礼いたします!」
さわやかな配達員から速達の郵便物を受け取る。配達員はすぐに去って行った。
扉を閉めてまじまじと受け取ったものを見るが、封筒に差出人は書いていない。
先ほどまで寝ていた敷布団に座り、乱雑に手で封を切った。
「んだよ、紙? どこから……」
中に入っていたのは三つ折りにされた用紙が二枚。
何なのかと読み始める。
「うわっ。まじ、か……? ん?」
驚きのあまり声が出る。
用紙には「特異省」と書かれていた。そして文章中には「アナザー」の文字。
だらだらと長い文章を要約すると、アナザーを管理している特異省からの通達で、素行不良・社会不適合だからアナザーにて更生の必要があるとのことだ。
俊も一般人だ。アナザーなんて国が何かに使ってるんだろう、というレベルの認識でしかない。
そんなアナザーでの更生――そんな話は聞いたことがない。
(というか、更生ってなんだよ)
理解ができず、苛立ってきた。
二枚目の用紙には注意事項が書かれていた。
更生が認められない場合、アナザーからの帰還は認めないこと。
身に着けた衣服以外の持ち込みは不可である。
明日の朝九時、強制的に連行する。
――らしい。
「あほらし」
二枚の紙を床に置き、だらだらとテレビを見始めた。
昨日と同じ情報番組。そしてその後は、ドラマの再放送。夜はバラエティー番組。何を見てもアナザーのことが頭から離れない。
もやもやした気持ちのままテレビを見続けた。
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