第4話 トラウマの虎はまじで怖い その3

 退治というものは、あくまでも人間側の視点である。


 人間が害と感じるから退治するというのであって、モンスターは退治されるために生まれてきたわけではない。


 それは森に暮らすゴブリン達も同様。彼らは女騎士に殺されるためにそこにいるわけではないのである。


 つまり何が言いたいかというと、視点が違えば見方も変わってくるということだ。


「死んでも時間を稼げぇ!!」


 隻眼のゴブリン──ゴブジンはナイフの感覚を確かめながら、叫ぶ。


 すると、男衆の野太い声が木霊のように返ってくる。それは覚悟の表れであり、命果てようと戦い続けるという決意の証だった。


「ゴブジン」


 ゴブジンは声の方に顔を向ける。そこにはバンダナを巻いたゴブリンが立っていた。


「なんだよグリリン」


 ゴブジンの幼なじみであるグリリンは、小さく、こう呟く。


「お前、逃げろ」


 グリリンの言葉にゴブジンはひどく動揺した。そして、ふつふつと怒りが沸き上がってきた。


「グリリン……お前、俺を馬鹿にしてるのか」


 ナイフを握る手に力がはいる。


「俺は戦士だ!!村を守るためなら命だって張ってやる!!腕がなくなろうが、足がなくなろうが噛みついてでも村を守ってやる────」


「なら!!」


 鋭い声が、ゴブジンの言葉を断ち切る。


「お前がいなくなったあと、嫁さんはどうすればいい」


「なっ……」


 ゴブジンの声は喉で塞き止められる。


「嫁さん、腹に子供がいるんだろ。父親がいなくなった、その子はどうすればいい」


 囁くようなグリリンの声は、ゴブジンに重く重くのし掛かった。


「それでも俺は───!!」


「ゴブジン!!」


 グリリンの恫喝は、またもゴブジンの心臓を止める。その時のグリリンの横顔がゴブジンの瞳に焼き付いた。色々な感情がぐちゃぐちゃに混ぜられた、そんな表情だった。


 そのあとグリリンは、笑ってこう言った。


「お前はもう、父親っていう立派な戦士なんだ。力は、嫁さんと子供をために使ってやれ」


 そしてグリリンはゴブジンを後ろに押しやるように前に出て、こう叫ぶ。


「今日、一人の男がこの村を旅立つ。それを我ら森の民が祝わんでなんとする!!」


 それは大衆に向けられた、一人への手向けだった。


「さあ今こそ、我らが剣舞でこの祭りを盛り上げようではないか!!」


 男になった、父になった、ゴブジンへの手向けであった。


 地面が揺れる。男達のうねるような喝采が地面をも巻き込んで、ゴブジンを送り出そうとしているのだ。様々な感情を乗せて、新たな家族の未来へ花束を送り出しているのだ。


「グリリン……みんな……」


 気づけば、ゴブジンの頬に雨粒がつたった。暖かくも冷たくもない、不思議な雨粒だった。


 ゴブジンは走り出す。


 仲間に背を向け。足裏で強く、強く地面を噛みながら、弱い自分を戒めるかのように痛いほどに奥歯に力を込めながら、ゴブジンは走った。


 振り返らないように、今日までの日々を忘れないように瞼を閉じて。


「……大切にしろよ」


 視界から消えていくゴブジンに、グリリンは彼に向けた最後の一言を呟く。


「さーてと」


 グリリンは握った斧の柄を確かめながら、目の前の敵へと身体を向ける。


「随分と待たせちまったな……野郎共いくぞ!!────」


 びゅん


「へ?」


 風をきって何かが、グリリンの真横を通りすぎた。


「逃げようとするなんて、本当にゴブリンは小癪なんですから」


 グリリンは恐る恐る、振り替える。


「えぇぇええええ!?ゴブジン!?ゴブジィィィィィィン!?」


 そこには頭にナイフが刺さったゴブジンが、倒れていた。


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