第3話 トラウマの虎はまじで怖い その2

 マーネの宿屋をあとにしたクッコロは、町から東にある森へ向かっていた。


 目的はモンスター退治。マーネに吐いた嘘を本当にしようといていた……というわけではなく、生活費稼ぎだ。


 救世主だからといって世間は甘くしてくれないのである。


「勇者様……」


 森までの道中、クッコロの頭は勇者のことでいっぱいだ。一日中、彼のことが気になってしまうのだ。


 彼のことを考えるとぎゅっと胸を締め付けられ。彼のことを思えば、届かない自分の思いに虚しさを感じてしまい。彼が頭に浮かぶ度に胃がキリキリ痛んでしまうのだ────


「勇者様が外に出てくれないと、私の首が危ないんですけどぉ!!」


 クッコロの声が、木の一本すらない草原に響いて、消えていく。


 クッコロは重くため息をついた。


 クッコロが勇者のお供を任されたのは、何も彼女だからというわけではない。消去法だ。


 まず、腕がたつ連中は王都の防衛に回される。


 次に、世界救出に熱望する連中は先見隊として既に王都をあとにしている。


 ならばと、輝かしい功績を重ねた連中に白羽の矢がたつが、連中は功績なりの身分に属しているため、わざわざ危険を冒そうなんて発想が出てこない。


 結果、優秀な連中はふるいから落とされるわけだ。


 つまり、いてもいなくても困らないけど、ある程度の責任感があって、危険なことにも首を突っ込んでいける人物が勇者のお供に選ばれるのである。


 そんなやついるか?


 そう思う方々もいるかもしれないが、いたである。今も生活費にひーひーいってる女騎士が────


「勇者様がひきこもりだなんてバレたら私、団長に殺されちゃうよ……。逆さ吊りにされて豚の糞攻めにされちゃうよ。社会的にも肉体的にもお嫁的にも死んじゃうよぉ……」


 クッコロの声は震えていた。武者震い……というわけでは無さそうだ。


「モンスターを剣で殴るだけの簡単なお仕事って聞いたから入団したのに、こんなのってないよぉ……。

 いっそ逃げちゃおうかな……やめとこう。団長は地の果てまで追ってきそう……。あっ」


『団長からは逃げられない』という過去、千回考えたことを考えている間に、クッコロは森の入り口に着いていた。



 ◇◇◇◇◇◇



 森は驚くほどに静かだった。普段なら何かしら、モンスターの鳴き声が聞こえるものだが、今日は足音だけだ。


 嵐の前の静けさ……とでも言うのだろうか。


 このままなんの成果も得られませんでしたでは勇者共々、浮浪者まっしぐら。なんとしてもモンスターを見つけて、倒さなければいけない。


 クッコロはそう思った。


「あれー。ここにもいない」


 岩の裏。木に空いた大穴。背が高い草むら。などなど見当がつく場所は全て探してみたが、モンスターの痕跡すら見つけられない。


「うーん……しょうがない。西の岩場の方に行ってみようかな。あそこならモンスターもうじゃうじゃいるし」


 と、諦めて森をあとにしようとした、その時だった。


 ガサッ


 何かが動く音がした。生き物が葉を蹴った音だ。


 右、左、下……違う。上からだ────


 クッコロが顔を上に向けると、顔を下に向けていた何かと目があった。


「見つけた……!!」


 クッコロはすぐさま葉が隣接する木を蹴る。


 騎士団で鍛えられた脚力から放つ一撃は容易によわい数十年の巨木を揺らす。木の上にいた何かが、ぼとぼとと地面に落ちてくる。


「ゴブリン……」


 緑の肌に雑な毛皮を巻く彼らは落下の衝撃に足をふらつかせながらも、すぐさまクッコロを囲み、時代遅れの石の武器を構える。十五の刃がクッコロに向けられた。


 それは『お前を殺す』という殺意でもあった。


 クッコロは舌で唇を舐めた。じっとりとした唾がびりびりと殺意を伝えてきて、緊張感が身体を包み込む。死と生の境界線がクッコロの目に映った。


 クッコロは腰に携えた剣を手をかける。


 ズーと鉄が擦れる嫌な音が鳴った。小さな音なのに直接、頭に響く。その響きが、脳にこびりついた赤色の記憶をが呼び覚まして、汚くも美しい一瞬を鮮明に甦らせる。


「……来い!!」


 ゴブリン達は一斉にクッコロに飛びかかった────

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