第2話 トラウマの虎はまじで怖い その1

「本当に困ったもんですよぉ」


 クッコロは宿屋に併設された食堂に来ていた。


「あらあら、困ったものねぇ」


 カウンターを挟んで、女性はゆったりとクッコロに答えた。


他人事ひとごとみたいに言わないでぐたさいよぉ。マーネさん」


 クッコロの口調はまるでだだをこねる子供だった。


 宿屋の看板娘 マーネは母性が溢れでているような女性だ。とろんと垂れた目も、ふんわり膨らんだ胸も、全てを受け入れるためにあるようだ。


 女騎士であるクッコロが母を思い出して子供に戻ってしまうのもしょうがないことなんだろう。


 マーネは目尻を下げた優しそうな笑みをクッコロに向ける。ゆったり柔らかに春風のようなに彼女は答えた。


他人事ひとごとですものぉ」


 草の根まで枯らすようだった。


「マーネさんって時々、辛辣しんらつですよね」


 とクッコロは苦そうな顔で言った。


 マーネは「あら」と声をあげた。


「だってクッコロちゃんの悩み聞いてもお金にならないしぃ。

 それに金づ──勇者様はうちの店のいい金づるだしぃ」


「言い直すとこおかしいでしょ!?」


 他の客の目がぎょっと向いてクッコロは少し身を縮める。


「あと、他のお客さんもいるんだから金づるとか言っちゃだめですよ?」


 クッコロはマーネだけに聞こえるよう囁いた。


 マーネは「うーん」と少し考え、「わかったぁ!」と表情を明るくした。


 マーネは手の甲を下に向け、親指と人差し指で輪を作る。


「コレなら大丈夫ねぇ」


 金のポーズである。


「生々しい!!」


 マーネは「あらぁ」と気の抜けた声を出す。まったく悪気がないのがわかった。


 繁盛はんじょうしてるとは言っても、日々競争を続ける宿屋業界で働くとはこういうことなのかもしれない。そうクッコロは思った。


 クッコロは痛む頭を押さえ、頭を左右に振る。そして、ため息まじりに「悪いのですが」と言った。


「知恵を貸していただけないでしょうか?勇者様は私だけでは手におえません」


 マーネは金のポーズをくりだした。


「意地汚い!!」


「ふふふ。冗談よぉ」とふんわりとマーネは笑うが、冗談に冗談を重ねそうで怖い。


 マーネは顎を指でとんとんと叩く。そして「あっ」と明るい声を出した。


「逆に出れなくするのはどぅ?」


 クッコロの頭に ? が浮かんだ。


「というのは?」


「入り口に板を打ち付けて出れないようにするのぉ。ごはん抜きにすればぁ、三日とせず出てくると思うのぉ」


「それって勇者様、餓死がししません?」


「大丈夫よぉ。妹の時は大丈夫だったからぁ」


「冗談ですよねー?」


「ふふふ」


「冗談って言って下さいよ!?」


 マーネは「ふふふ」と優しく笑い続けていた。クッコロの背中に、つーと冷たい汗が流れた。


「え、えっと!!他!!他はありませんか!!」


「そうねぇ」と、マーネはまた考え始める。少し間を置いて「じゃあ」と言った。


「トラウマの克服はどうかしらぁ」


「トラウマの克服ですか」


「そう」とマーネはぽんと両手を合わせた。


「妹も人買いに売られそうなったのがトラウマでひきこもっちゃったからぁ、トラウマさえなくせば外に出てくると思うのぉ」


 途中とんでもないことを言っていな気がしたが、気のせいだろう。うん、気のせいだろう。クッコロはそう思った。


「でも妹はそれでも駄目だったのぉ。だから人買いの人たちを雇って妹の部屋に────」


「なんで続けるんですか!?」


「妹は怖がってるわりには、なかなか逃げようとしないでねぇ。おしっこを漏らすわで大変だったのぉ。それでねぇ────」


「わっ私!!モンスター退治に行かなきゃいけないので!!失礼します!!」


「いってらっしゃーぃ」と柔らかな声に背中を受けながら、クッコロは逃げるように宿屋をあとにした。


 妹さんに幸あれ。


 クッコロは心の底からそう思った。

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