第1話 ひきこもりはやはりひきこもり

 クッコロは呆れた表情を浮かべていた。


 散乱する衣服。舞う埃。乱雑に積まれた食器たち。


 人間が住んでいるとは到底思えないが、ベッドには確かに人の膨らみがあった。


「いつまで寝てるんですか!!勇者様!!」


 クッコロは掛け布団をおもいっきり剥がした。


「はぁ……」


 男はクッコロから掛け布団を奪い、一言。


「おやすみ」


 そして男はまどろみ中に落ちて────


「おやすみじゃないですよ!!」


 クッコロは男の掛け布団をまた引っ張る。


「いつまでひきこもってるんですか!!いい加減、魔王城にむかいましょうよ!!」


「いーやーだー!僕はずっとここにいるんだ!!」


 男も必死に掛け布団を掴み抵抗する。


「離してくださいよ!!」


「いやですよ!!返したら、また寝ちゃうじゃないですか!!」


「寝て何が悪いんですか!?」


「ひきこもるからですよ!!いい加減────諦めて下さい!!」


 クッコロが、声を合図に、全力で引っ張る。ぶちぶちと悲鳴が部屋に響く。


「僕の布団がぁああああ!!」


 結果、掛け布団は張り裂け、わたが部屋を撒き散らされた。


 クッコロはそんな事は全く気にせず、男に向けて人差し指をぴんと立てる。


「人に指差しちゃダメですよ」


「そんな事はどうでもいいんです!

 それよりも……コモリ様は勇者なんですから、ちゃんと魔王を倒す使命を果たさなければいけません。

 こんなとこで足踏みしてる場合じゃないんですよ!」


「はーぁ」


 男──コモリはあからさまにため息をつく。


「使命。しめい。シメイ。そんなに使命が大事なんですかねぇ」


「なっ……勇者様は民衆に誓ったではありませんか!『必ず平和な世界を作り上げる』と!そして『これも自分が選択した人生』だと!」


「あれはそういう空気だったってだけですよ。クッコロさんもありません?定時になっても働いてる人がいたら帰りづらい、みたいな」


「定時……というのはわかりませんが、私が所属する騎士団では休息も訓練ですので、帰りづらいというのは……」


「ちくしょう!!ホワイト共が!!」


 「なんで僕ばっかり……」「あいつらのせいで僕は……」とか言って、ベッドの上で暴れるコモリ。


 そんな勇者の姿を見て、クッコロは頭が痛くなった。


「そんなことより!今日は東の森へモンスター退治に行く約束ですよ。早く準備してください」


「アーイタタタタ。キュウニ、オナカガー」


 あからさまに腹を押さえるコモリ。彼の視線は右へ右へ流れていく。


「さすがに見飽きましたよ。それ」


「ですよねー。あはは。」


 冷たくあしらわれて、コモリはひきつったにやけ面を浮かべた。


「王都を出たときは、あんなに張り切っていたじゃないですか!なのになんで、そんなに消極的になっちゃったんですか!」


「僕だって始めは、頑張ろうと思ってましたよ。世界も救おうとも思ってましたし。せっかくの異世界転生ですし……」


「ならなんで────」


「インフレがすぎるんですよ!!」


「いんふれ?」


 聞いたことのない言葉に、クッコロはまぬけな声を出してまう。


「急に敵が強くなりすぎだって言ってんですよ!!

 始めは枝とか石とか使ってたくせに、今は槍とかナイフ。文明開化しすぎなんですよ!!

 それにあいつら変に武器の扱い上手いし!?ガンガン殺す気で飛びかかってくるし!?降参しようが殴ってくるし!?

 この世界にはサイコパスしかいないのか!?」


 また知らない言葉を連呼され、混乱するクッコロだったが、とりあえずわかる範囲でコモリに説明する。


「確かに魔物は魔王城に近づくごとに強くなりますが、だからと言って、進まないわけにはいきません。私たちは世界を救うのですから。辛くても頑張らなければいけないのです。

 あと、私をもっと頼りにして下さい。これは勇者様だけの旅ではなく、私たち二人の旅なのですから、お互い支えあいましょうよ」


 クッコロは胸に手を置くと、静かな瞳でコモリを見つめた。瞳に写る優しさは、正に勇者を守り抜くという女騎士の覚悟を表していた。たとえ、自分の命が散ろうとも────


「いや、クッコロさん……あなた、僕の安否より戦闘を優先してますよね。っていうか楽しんでますよね?」


「いやいや、楽しんでるだなんて、そんな────」


 クッコロの頭に浮かんだのは、赤黒く染まった草原、巻き散らかされた臓物────


 ぬらりと不気味に赤く輝く剣を天に掲げ、女騎士は恍惚とした笑みを浮かべる────


「ちょっとぐらいしか……」


「そのちょっとが怖すぎるんですよ!!

 とにかく!僕はここから出ませんからね!!」


 そう言うと、コモリは布団だったものをまた頭まで被ってしまった。


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