第56話

次の週末、六畳ヶ原家の面々は、祖父の病室に呼び出されていた。

朝起きてその事を聞いた六畳ヶ原は漠然と、「ああ、祖父が死ぬんだな」と感じた。

そして病室に行くと案の定医者が真剣な顔付きで立っており、祖父の命の灯火が消えそうだと言うことを、六畳ヶ原に宣告した。

そう聞いた時、六畳ヶ原の心に若干の喜びが芽生えた事は、否定出来ない事実だった。

早く都会に帰りたかった。実家を出た理由は決して進学などのまっとうな理由ではなく、親とそりが合わなかった事からの家出だったのだ。

当然、実家の空気は六畳ヶ原にとって居づらい物だった。

そして六畳ヶ原を実家に引き留めている唯一無二の原因だった者が、消えようとしているのだ。

仕方のない事だったのかもしれない。

(…………)

家族全員、医者も含めて、誰も何も言わない。

ただ静かに、その時を待っている。

かた、かたと窓の揺れる音。病室の外から聞こえる足音と薬品の匂いだけが、病室の音を支配していた。


そして、その時が訪れた。

祖父につながれていた機材の1つが、ピーッとけたたましい音を上げた。

その音がなった瞬間、いつの間にかうつむいていた六畳ヶ原家全員が、音に引き上げられる様にして顔を上げた。

窓も開けていないのに、どこからか病室に風が吹き込んだ。

そして、顔を上げた六畳ヶ原の瞳に写った祖父の顔は、老いぼれていて、シワだらけで、生気というものが何も感じられない物だったが、

笑っていた。

自然と、口角をあげ、しわくちゃだった顔をさらにしわくちゃにして、笑っていた。

それを見た時、六畳ヶ原は確信した。

自分の考えの間違いを、痛いほど思い知らされた。

祖父は決して、醜くも、汚れてもいなかった。

最後まで生にしがみつき、それを謳歌したのだ。

生まれ、歩き、学び、結婚し、家族を成し、大切な誰かと死別し、出会い……。

消え行くその瞳の中の光には、次々と彼の人生の軌跡が写し出されていた。

それを見て、祖父は笑ったのだ。

満足したと。自分の歩いてきた道に。

気付けば家族が泣いていた。

祖父の笑顔を見てか、それとも彼とこれ以上同じ時を共有出来ない悲しみからか。

しかし、六畳ヶ原の目に涙は一切起こらなかった。

彼の心の中に生まれたのが、何ともとらえがたい不安だったからだ。

(私は……祖父の様に、笑顔で人生に満足して逝けるのだろうか……)

そんな不安を掻き消すためか、六畳ヶ原は祖父のやっていた骨董屋を継いだ。

笑顔で逝った祖父に少しでも近くために。

祖父の残した物から何かを見つけようと、六畳ヶ原は決心したのだった。

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