第53話

その小屋には、六畳ヶ原の他にもう1人、横たわって寝ている風の少女がいた。

顔は見えなかったが、しかし体付き、そして小さく聞こえる寝息で、六畳ヶ原はそう判断した。

その少女は、突如部屋の中に現れた人の気配に気付いたのか、体を少しだけ動かし、ごろりと顔を六畳ヶ原の方に向け、

「あぁ……、あなたが次の私の……。ですが相変わらず私に、動く「気」も、戦う「気」も起きない……」

と、蚊のように小さな声でそう言うと、またゴロリと体を動かし、顔を六畳ヶ原の反対に向けてしまった。

「…………」

そんな少女の様子に、どうやらまともな情報を得られないと考えた六畳ヶ原は、小屋から少し出てみることにした。

少しがたつく戸を横に動かし、小屋から出る。

「……なんだ、これは……」

そこにあったのは、今まで六畳ヶ原が見たことの無いほど厚く、濃い霧だった。

東西南北、どこを見ても隙無く霧は滞留しており、辺りがどのような場所なのか、確かめる事は出来なかった。

(しかし……、この小屋を中心にして、少しだけ霧が晴れているな……。この小屋はまるで台風の目の様になっているみたいだな……)

この霧の中を迂闊に進めば、おそらく方向感覚が狂い、この場所に戻ってこれない可能性が高い。

六畳ヶ原は外の探索を諦め、失意と共に小屋に戻る事にした。



「……うん、上手い……」

六畳ヶ原は、小屋に設置されていた囲炉裏でグツグツと煮込まれていた何かの味噌煮の様な物を少しだけ、こちらもあらかじめ置かれていた茶碗によそい、食べてみた。

味は、上等。

しかし、六畳ヶ原の気分は最悪だった。

(元の場所に戻る手段もわからない……、周囲も霧に覆われていて何もわからない……。この少女の事もよく分からない……)

もくもくと、六畳ヶ原の心に暗雲が立ち込め、気分はまた1段と低くなって行った。

「私の人生……、詰んだか?」

六畳ヶ原は小さく唸り、頭を抱えた。

自分の人生に見切りを付け、いっそこの霧の中に入り、人を探そうか……。そう考えた。

「……あぁ、外に、また、誰か……来た……」

その時だった。

部屋の隅で一言も発しなかった少女が、六畳ヶ原の唸りよりも小さく、ため息をつくように言った。

「な……、なに!?」

その言葉を六畳ヶ原は聞き逃さなかった。

外に、誰かが来た。

その「誰か」はおそらくこの霧の立ち込める山を登ってきた人間であり、この不思議な霧の中を進む手段を知り……。ひいてはこの世界の事をよく知っている可能性が高い。

六畳ヶ原はその「誰か」に、この世界から元の世界に戻るための1筋の希望を見出だし、そして1刻も早く「誰か」に会うため、立て付けの悪い戸を強引に動かし、外に飛び出した。



「お……、誰か、誰か誰か誰か。貴様は誰か?もしや、「脱刀」の持ち主持ち主持ち主か……?」

「破流雨、言葉が滅茶苦茶になっています。見なさい、あの者も混乱しているようですよ」

そこにいたのは。

やけに体にピッタリと吸い付き、まるで水着のような甲冑を着込んだ、2人の男女。

1人の甲冑は、くすんだ灰色。

男の目の光はまるで粉々に砕かれた水晶の様に散らばり、その焦点は定まっていない。

発する言葉もどこかおかしく、上手くろれつが回っていない。同じ言葉を繰り返している。

そしてそんな男をたしなめる様な言葉をかけた女性は、男とは違い全く汚れのない、真っ白い雪の様な甲冑を着込んでおり、天性の物であろう優美な肢体を、惜し気もなくさらしている。

2人の甲冑のかぶとには、どちらも大きな角が1本、天に向かって高く伸びていた。


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