第52話

「霧切山の頂上にいる日本刀……、まぁ、「脱刀だつとう仙失せんしつと言うのですが、彼女はまぁ……、とてもやる気が、物事に対して興味が無いのですよ。なので基本的に動くと言う事もしません。ずっと座っています。私達は排泄も食事も必要ないですからね。まぁ、必要だったとしても、彼女はしないのでしょうけれど、それほど彼女はこの世の全ての事に対してやる気が無いのですよ」

と、言うことらしかった。

やる気がない。

つまり、それはバイバと戦うと言う本来刀としての役割とも言える天命にもやる気がなく、だからバイバのうろついている下界にも、自分からは降りてこないと言うこと……らしい。

まぁ、僕は彼女自身に直接会った事が無いので、そのやる気の無さというのが、どれ程のものかというのは詳しくわからないのだが。

「なので……、山から降りてきて欲しい時はこちらから行くしかないのですよっ……!」

蛟は突如霧の中から現れたバイバを切り捨てながら言った。

「へ……、へぇ……!」

僕も地中に巡らせた座頭市で周囲の地形を探ろうとするが、どうにも上手くいかない。

何か不思議な力に邪魔をされて、煙にまかれている様な、そんな感覚だった。

やはり、研ぎ澄まされた感覚……。僕も早く習得しなけばと、痛切に感じつつ。

地中から少しだけ顔を出した針の様な枝をかわした。




「ねぇ……、いい加減説明してくれないか?ここが一体どんな場所なのか……。そして、どうすればもといた場所に戻れるのか……!」

そう、地味な色の着物を着た白髪の青年は、強い語気で言葉を発した。

そしてその言葉の向けられた先にいたのは、部屋の隅でぐったりと横たわる、墨の様に深く、艶やかに光る長髪を床に這わした少女だった。

髪の毛が長過ぎてその表情も、着ている服も窺う事は出来ない。

「ああ……、それはですね……それは……。…………ああ、ダメだ。説明する「気」が起きない。言葉を選ぶ「気」も起きない。あぁ……口を開く「気」も無くなってきた……。もうダメだ……。こんな自分がダメだと思う「気」も無くなってきた……」

気だるげ、と言ったそんな生易しいものではない。

もはや生きる事を投げ出したい……、ゆっくりと死体になるのが唯一の夢と言わんばかりの、生気の無い声だった。

「……あぁくそ……!またこれか……!」

青年は少しコンプレックスに感じていた天然パーマの髪をぐしゃぐしゃと掻き乱し、苛立ちを露にする。



青年……、「六畳ヶ原光ろくじょうがはらみつる」は、田舎町の小さな骨董屋の主人だった。

今のご時世、田舎の骨董屋に客は少なく、珍しい物だけはたくさん置いているそこは、いつの間にか子供達のたまり場となっていた。

特に子供嫌いという訳でもなく、まぁ、楽しんでくれているなら良いか、暇だし。と、そのくらいの気心で店を何とか営業していた彼だったが。

いつも通り店のカウンターで店番をしていた彼は、気付けば見知らぬぼろ小屋にいた。


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