第45話

目の前で、夜桜が傷付けられていく。

腹に穴を開けられ、血を流し、よろめきながら。

それでも自分のため、倒れる事をしないでいる。


情けない


本来、自分が前に立ち、敵を切り裂かねばいけない所を。

私は、後ろで置物の様に、静かにたたずんでいる。

他人事の様に、静かに傍観しながら、何とかそこから意識を外そうとしている。

いくらそれが殺気を練るためだとしても、目の前で傷付く主を見るたび、烈白の体は異様に熱くなり、平静が保てなくなるのだ。

その熱すら、露にすることを許されない。

今すぐにでも、あのギバイバにぶつけてやりたい。

私の怒りを、猛りを、力を。

しかし、それはどこまで行っても、叶わぬ願いだった。


ならばせめて、その怒りを、猛りを、力を、殺気を、熱を、重みを、悲しみを、後悔を、涙を、悲哀を。

全て刃に乗せる。

願わくば、我が主が1分という悠久にも近い時を生き抜いてくれた時に。

我が最上にして最高の1振りで、我が主に謝罪せんと。



「私の刃に、間合いはない」

何故なら、刃が無いのだから。

「狙うのは……突雨きさまだけだ」

腰を下ろし、右手に持った気殺刀が体に隠れるまで上半身を捻り。

まるで居合い切りの構えの様になった所で、烈白は小さく息を吐いた。

「そして私の刃が切り裂くのは……突雨きさまだけだ」

上半身に貯めた力を解放。

一気に気札刀を横に振り切る。

刃が風を切る音も、刀の重みで振った後の体勢が崩れる事もない。

ピタリと止まり、ピタリと終わる。

まるで決められた手順のある舞のような美しさまである1連の烈白の動作は、確実に、突雨の命を切り裂いた。


ゆらりと、何か巨大な物が自分の後ろで首をもたげたのを、夜桜は背中越しにビリビリと感じていた。

そして、烈白の声が小さく聞こえた時、夜桜は1分が過ぎたのだと確信した。

そして、それに気が付いたとたんに。

夜桜は自分の体から、一気に力が抜けていくのを感じた。

おそらく体が自分の役割が終わった事を感じ取ったのだろう。

緊張が、夜桜も知らぬ所で切れたのだった。

(……オッケーオッケー……。役割果たして……いや死ぬ訳じゃ無いけど……ちょっと休ませ……)

するりと、突雨の槍を握っていた右手がほどけ、地面に落ちた。

見下ろし、離れていた地面が顔のすぐそば、口付け出来る距離まで来ている。


夜桜は、突雨という絶対に隙を見せてはいけない相手の前で、躊躇なく崩れ落ちた。

それは、夜桜が突雨に敗北したという事であったが同時に。

刃が通る、道が開けた。

烈白の全てを乗せた刃が、突雨に突き刺さる為の、絶妙にして絶好の道が、だ。

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