第40話

男の半生は、血に濡れていた。

別に、家庭が荒れていたとか、学業に対する不安とか、そういうわけではなく。

男がまだ少年だった頃。

少年はなんとなく、夜の町に出た。

不思議な匂いに誘われて、フラフラと。

間違えて夜の闇の中に羽を広げてしまった蝶の如く。


少年は同世代の他の者と比べて、かなり恵まれた体付きをしていた。

特になんのトレーニングをしていたわけでは無かったが、少年の筋肉は勝手に成長を始めた。

勝手に傷付き勝手に修復し……。

夜な夜なその痛みに、少年は初めうなされていたが、次第にその痛みに体は適応していた。

身長も勝手に伸び、小学校を卒業する頃には175を越えていた。

朝食を食べ、当校し、授業を受けて、帰宅し寝る。

強いて言えば、そんないつまでも変わり映えの無い生活の中に、少年は刺激を求めたのかもしれない。

ふらりふらりと、夜の町を歩いた。

少年は、まあまあな都会に住んでいて、深夜になっても町から人が消える事は無かった。

消える事は無かったがしかし……、ある一定の時間帯を過ぎると、人の種類が変わることに、少年は何度か町を歩くうちに気がついた。

くたびれたスーツを着たサラリーマンは、ギラギラと光る革ジャンを着た不良に。

友達とスマートフォンを見ながら笑い合う女子高生は、ギラギラとした目付きで辺りを見回すレディースに。

つまり、町を歩く人間の種類が、圧倒的に「わる」へと傾くのだ。

そして、そんな人間が集まれば。

自然と下らない理由で起こる喧嘩も、頻発するわけで。

少年も、夜の町に出るようになってから1週間後。

すこし、チラリと横を見たときに目線を合わせてしまったという理由で、5人組のヤンキーに絡まれてしまった。

全員夜桜より身長も低く、体つきも見劣りするものだったのだがしかし、おそらく数的優位に勝ち目を見たのであろう。

「ちょっと兄ちゃん……、なにガンくれちゃってるのよ……。とりあえず、慰謝料。財布出せ」

少年はその時、別に買い物をする予定もなく、どこか店に入るつもりも無かったので、財布を持っていなかったのだが。

そんな事をこの男達は信じないだろうということも、少年には察しがついていた。

「……おいおい、なに黙ってんのよ?持ってんだろ財布くらいよぉ!!」

1番近くで少年を恫喝していた男の語気が荒くなったのと同時に。

少年の左頬に、鋭い衝撃が走った。

じんわりと、肌の下に広がる熱。

どうやら口の中も切れたようで、ピリピリと唾液が口内で滴るたびに、小さな痛みが疼き、血の味がした。

しかし、少年の体は、一切動かなかった。

足を踏ん張るでも、上半身が揺れたわけでもない。

強いて言うならば顔が少し右下に動き、うつむいているようになった事くらいか。

少年は、考えた。

この男達は5人組と言えど、おそらく自分の敵ではないだろう。

しかし、自分がこの男達を潰したとなれば。

さらに上の、この男達を従わせているような、もっと強いものが自分を狙って現れるかもしれない。

少年はこの1週間で、ヤンキーと言うものはあながち縦の繋がりが強いという事を知っていた。


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