第23話
現代の時間で深夜1時を過ぎても、宴会の熱はおさまるどころか、さらに熱くなっていく。
飲み、食らい、そろそろ眠気が襲ってきても良さそうだが、男達の顔にはまだそのような気配はない。
むしろここからが本番だと言うような活力で溢れている。
何故なら、今回の仕事が大仕事の中でも最上級。
とある大名の「裏切り」を、その陣営の将軍に密告する……。
それだけで戦局は始まる前から決まる。
流れる血の色が変わる。
(そりゃまぁ……、俺も覚えている。この仕事の成功は錏毘組の名を日の本に知らしめる「はずだった」ものだったんだからな……)
ただひとり、この中でこの宴会の結末を知っている錏毘の顔は、苦虫を噛んだようなものから変わる事はない。
(今この場で俺が命令してこいつらを逃がすか……?)
錏毘はずっと、この事を考えていた。
(……この宴会はあと30分程で殺し屋どもにめちゃくちゃにされるからな……)
それは、おそらく裏切りを密告された大名が、せめてもの反撃として放った者だろう。
(何故隠れ里の場所がわれたのかは分からん……、が)
この里が強襲されるのは確実なのだ。
今は過程はどうでも良い……。変えたいのは結果だった。
仲間が虐殺されると言う結果。
(しかし……、今の俺のこの状況、「何なのだ」……?)
これも、先からずっと。下手をすればどうやって仲間を救うかよりも深く考えている事だった。
目を閉じて、視界から入る情報をシャットアウト。
出来れば耳も塞ぎたい所だったが、さすがにそこまですると仲間に怪しまれるだろうから、止めておく。
やんややんやと、1人目を閉じ静かな錏毘をおいて、男達の熱気は高まり続ける。
酒を飲んで体温も上がっているのだろうか、錏毘が肌で感じる室内の温度は、夏場の猛暑時の気温よりも遥かに高く、まるでこの家が燃えているかの様な……。
「……っ!!」
嫌な胸騒ぎ。
錏毘が目を開けると、そこは隠れ里を一望出来る高台。
村の最も外周に位置するそれは、隠れ里の存在が敵勢力に判明してしまった時の脱出ルートであり、普段は子供の遊び場でもある。
四季折々の里の自然の変化を楽しむ事も出来る高台でもあったのだが、今。
高台にいる錏毘の目に写ったのは、赤黒い炎に支配され消え行く隠れ里。
炎の隙間に見えるのは、炎に照らされ鈍く光る甲冑を着た武者と、それから逃げ惑う里の女子供達。
里の男衆は全員、あの宴会をしていた家屋に集まっていた。
宴会の声を聞かれ、この襲撃で真っ先に狙われたのだろう。
「錏毘さん!逃げますよ!!」
呆然とする錏毘の肩を揺らしたのは、この里の子供の中では年長の少年だった。
見れば高台にはこの里の子供、おそらく1人でもある程度は生きていける年齢の者が集まっていた。
(そうだ……、俺は頼まれたんだ、仲間から……。せめて1人で逃げる事の出来る子供を逃がしてやってくれと……。)
「あ……、ああ……」
錏毘は小さく頷き、「腰に下げていた刀に手を伸ばした」。
「!?」
そして次の刹那には、自分の肩を揺らした少年を後ろから。
自分を信じて背中を向けてしまった少年をバッサリと、切り殺した。
「がっ……、な、なんでぇ……?」
他の子供達は少し離れた所を走っていて、錏毘とこの少年が殿だったせいか、まだ他の子供は錏毘が少年を切った事に気付いていない。
錏毘は自分に倒れ込んできた少年の体を振りほどき、足早に前を走る子供達を追う。
(……ああ、そうだ思い出した)
錏毘は里を焼く炎の熱の乗った夜風を感じながら、急に開けた思考に身を震わす。
俺は元々、この里を、戦国の世には数多とある諜報組織の1つを上様に命じられて、この里に潜入していたのだ。
しかしいつの間にか頭領などという立場につかされ、ズルズルと襲撃のタイミングを先延ばしにしていた。
そして向こうから、本来俺が指定するはずだった襲撃の日時を、上様が強制的にお決めになった。
それが、今日だったのだ。
仲間を救うもなにも、俺が襲撃を計画した張本人なのだから、そんな事も出来るはずがない。
仲間だった者が本来の仲間に切られていくのを、眺めているだけだ。
それが俺の仕事なのだから。
そうして、こんな事を繰り返しながら、最後は1人で死ぬのだろう。
名前も知らぬどこかの地で。
1人寂しく、土に還るのだろう。
それが俺のせめてもの死んでいった者たちへの贖罪であり、謝罪なのだから。
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