第9話

やばい、やばい、やばい。

想像以上だった。

蛟さんに付いていくという行為の難易度を、僕はやはりまだわかっていなかったのかもしれない。

数秒前、僕は蛟さんが地面を蹴ったと同時、いやそれよりもややフライング気味で飛び出したはずだった。

しかしそれでも次の瞬間、蛟さんと僕の間には1

メートル程の差があった。

瞬発力の違いと言うのを思いしらされた。

こんな事になるなら、もっとアウトドアな生活を嗜んでおくべきだった……。と後悔する暇も与えられず

僕と蛟さんは、バイバの山に突っ込んだ。

バイバの山と激突する瞬間、蛟さんは腰を限界までひねり、後ろから見てもかなり無茶な体勢で走っていた。

が……、そのひねりは、バイバとぶつかった瞬間、恐るべき破壊エネルギーへと姿を変えた。

蛟さんはひねった体を思いっきり回転させ、「ひねり」の力を暴発させる。

まるで独楽の様に回りながら、蛟さんは目の前のバイバを蹂躙していく。

かといって、横や後ろを全く見ていないわけでは無い。

僕に攻撃を仕掛けたバイバは全てその触手の様な刃を切断され、彼らも気付かぬ内に首を跳ねられている。

このバイバの山の中に生まれた、絶対安全領域。

しかし、それも蛟さんの後ろに居ればの話。

1秒前、僕が踏みしめ、若干後が残った地面には、既にバイバの鋭い刃がめり込んでいる。

おそらく、蛟さんにも余裕はあまりない。

僕に割ける援護も最小限……。そうしないと、蛟さんもただではすまないのだろう。

「ぎぃぃ!!ぶっぎぅ!!」

僕の後ろから飛び出たバイバの頭が、蛟さんの刃によって切断される。

バイバの山に突入してから、約10秒。

既に走ってきた道はバイバの死体と、それを踏み潰して僕達を追いかけてくるバイバで埋め尽くされており、戻る道は無い。

四方八方、バイババイババイババイバ。

方向感覚もさることながら、この光景。まともに見続けていると精神までやられてしまいそうだった。

蛟さんは大丈夫なのだろうか。

「はひゅ……、はぁ、はぁはぁ……」

声を出そうとしたが、漏れでたのは風船の空気が抜ける音の様な、間抜けな呼吸音。

「頑張ってください。おそらくもうすぐ……、後5秒程で抜けます……。「あいつ」の能力の限界は、既に見切っていますから」

「あいつ」……。蛟さんは、この大量のバイバが唐突に現れた理由を知っているのだろうか。

そう考えた時、ついに僕達の目の前に、赤黒い不気味な空が小さく姿を見せた。

初めて見たときはあれほど君の悪かった空が、今は登山中に見る青空の様に澄みきった物に見える。

バイバの山が、終わろうとしていた。

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