◇28.悪魔を孕んだ悪女の覚悟


 ◆◆◆



 どうしてを問う前に続けられた梨紗りさの言葉は衝撃となり、ここにいるMemberメンバー全員を貫いた。


「テルキさん、だから……」


 ゆうは剣の矛先にいるDark Kダークケーを見据えた。自分以外には声も聞こえず、顔すら見えない時点で今回の敵はおかしかったが、そんなレベルではもはや収まらない。他のMember達を差し置いて梨紗にだけはコイツが輝紀てるきに見えている。疑うことはない。これほどひどいことをされても殺してならないと言うのだから。


 そう聞いても、優にはどうしても輝紀には見えない。確かに背丈、髪色、大人びた雰囲気、持ち出したW武器を思えば近いと取れるかもしれないが、やはり別人だ。輝紀のようにお洒落なパーマヘアではなく直毛の短髪、そもそも顔が違うし、声だって、優の知らない人間なのだ。もしかしたら他に分かるMemberがいるのかもしれない。だが、顔の特徴を口で伝えるには限界がある。優以外にDark Kの顔が見えないこの状況では、その判断を仰ぐことは不可能だ。


 正直、優はどこかで安堵していた。Dark Aダークエー真也しんやDark Rダークアールは輝紀。だから今回、梨紗がKであれば、Dark Mentersダークメンターズのリーダーは全て身内から闇の手に選抜されると言うルールが確立されそうになっていたのだが、コイツの顔を見てその線は断絶したと思っていた。なのに。


 梨紗の目にだけデッドの手により狂ったフィルターがかけられているのか。いや、もっと、何か立証できるものは――ある。左目に映り続けるKに優は気がついた。第一の物語と第三の物語が、第二の物語とひとつだけ、決定的に違っていることに。


「ユウくん!?」


 響いたのは誠也せいやの声だった。優は剣を振るったのだ。風に揺れたのは水色のマント。


「ナリ、お前」


 優の攻撃を読んでいたと言わんばかりに、賢成まさなりは軽い足取りで避けた。誠也を始め、残りのMember達は戸惑っている。ちらりとDark Kを窺うと、声を堪えながら笑っている。本当に手荒なまねをするつもりはないのだ。攻撃なんていくらでも出来るが、ヤツが見たいのはあくまでもこちらの崩壊、精神的な部分だ。賢成に湧いた苛立ちも嘘ではない。ならば、その望みの上で踊ってやる。


「どうやって第二の物語を終わらせた」


 第一の物語では、真也の背中にAを見た。第三の物語、今はヤツの舌にKが見える。だが、第二の物語では最後まで、輝紀の身体のどこにも、Rを見ることが出来なかった。輝紀を討ったのは事実上わたるも含まれるかもしれないが、促したのは賢成だ。


「それ~、今更なの? Rのアルファベットを討ったから今俺達ここにいるんでしょ~?」

「結局俺には最後までRは見えなかった。お前が討ったっつーなら、テルキさんの左足にRがあったんだよな。だったら何でリーが今コイツをテルキさんって言ってんだ。第二の物語の終結はおかしかった。曖昧なまま第三の物語は始まった。本当は、まだ終わってねぇんじゃねぇのか、第二の物語は」


 Member達の戸惑いは驚嘆に変わった。緩い顔をしているが、賢成の瞳の奥には棘がある。


「リーダーがそう思うならそうでいいんじゃない~? だけど俺は排除したよ。Rをね」


 賢成の口からそう簡単に真実は引き出せない。聞いたところで募るのは二択の不信感だけ。敵なのか、味方なのか。不安気にこちらを見つめている誠也と視線を交わらせた瞬間、不気味な音がした。


「うっ!」


 避け切れなかった。足に絡みついた黒い糸は蜘蛛を連想させる。斧の先端からフシュー、フシューと音を上げて吐き出され続けるそれに、優の身体の自由はまたたく間に奪われた。乱暴に振るわれ、手元から滑り落ちてしまった剣。腕ごと縛られたこの状態では持っていても無意味かもしれないが、何ひとつ身を護るものがない状況に、心は圧迫される。


「何っ!? 一体何が起きてるの!?」


 真也の視線が定まっていない。そうか。周囲にはこの黒い蜘蛛の糸は見えてない。優の身体だけが浮かび上がっているのだ。つまり誰にも救ってもらえない。落下した赤い柄を優は歯を食い縛って見つめた。


「ふふふ。どうだいホットちゃん。ひとりこうやって晒し上げられる状態は」


 Dark Kは舌を見せてきた。そこにある、Kの文字が。あれさえ討てば終わらせられる。しかし梨紗の発言を無視は出来ない。もし第二の物語が延長しているならば、gameゲーム中に起こったことが現世へ及ぼす影響が強くなっている今、輝紀が最悪の事態に追い込まれる可能性はゼロではない。だが、賢成はRを討ったと言った。それならば、自分の左目を信じればいい。いずれにせよ今の優になす術はないが、どれが正解だ。Member達に、何を指示すればいい。


「うっ……」


 ギュウギュウと蜘蛛の糸による締めつけ。身をよじるがただ苦しい。糸は喉元にまで伸び上がってきた。


「あー、そうしちゃう? ソーバーくん」


 銃を構え引き金に手をかけた翼を、Dark Kはなじる。


「いいよ、撃っても。その瞬間に、僕はホットちゃんを殺しちゃうけどね」


 この声の聞こえていない翼に向かって、優は全力で首を横に振った。必死さは幸い伝わり翼は手を下ろす。コイツの舌を撃ってくれ、そう叫んでしまいたい。だが、翼に見えているのは仮面だ。自分以外でコイツを捌けるのは、梨紗しかいない。


「みーんなの顔、さいっこー。絶望してるよ?君に何もしてあげられないから」


 笑い上げた口からちらちらと覗く舌に唇を噛む。どうせ攻撃は出来ない。ならば、優は息を上げながらも、Dark Kに向かって一か八かの声を落とした。


「お前、テルキさんのこと、知ってるか?」


 変わった。Dark Kの表情が。開いた瞳孔は闇色。首が締まることを覚悟する。しかし、Dark Kはにやりとあくどく口元を歪めた。


「そうきたか。熱血だけど、ホットと違って無能じゃないんだねホットちゃんは。少しかしこいんだ」


 断絶した線が復活する。Dark Rの時と同じで呼びかけにCrystalクリスタル名を使っているだけだと思っていた。違和感がある。ホットちゃんのことは知らないが、ホットのことは知っている。おかげで選択肢は定まった。


「そちらもかしけぇんだな。そうやって話し逸らそうとするってことは、知ってんだな、テルキさんのこと」


 この矛盾だらけの真相は分からない。ただ今の優の声は梨紗に届いているはずだ。輝紀のことを知っているなら、コイツはやはり輝紀じゃない。


 Dark Kは優から視線を落とした。そして不敵な笑みを浮かべた。


「アイツは可哀想なヤツだよ。Regret後悔の塊だ」


 視界が高速で流れ、壁に全身が打ちつけられた。額から流れてきた血が左目を汚す。Kの血文字は血の海に浮かぶ。再び蜘蛛の糸は動き、反対側の壁が近づいた。ここで仲間を残して死ぬわけにはいかない。何より、いつの日か護りたいと顔を赤くしながら言ってくれた仁子の顔が浮かんだ。


 優は両足を壁につけるかたちで身体がぶつかるのを回避した。蜘蛛の糸を伝ってDark Kのイラつきが伝わってくる。優の身体は地に向かう。


「ユウ!」


 航が立ち上がるのが見えた。ダメだ、お前は梨紗の前から動いちゃいけない。眼前に地が迫る。顔から潰れてしまう、そう見せるのはフェイクだ。


「えっ」


 目の前が真っ白になった。フラッシュだ。混乱の中、優を護りたいと真也が決断した行動だ。だが今の優にとっては逆効果。掴もうとしていた赤色の柄が見えない。終わる。


 ブシャッ!


 生々しい音がした。足元が痛む。痛い? 生きている。身体は全て地にはついていない。首を捻って見上げた先に見えたのは賢成の顔。身体を縛るものがない。じゃあ、今の音は。誰がどうしたのかは分からないが、Dark Kの斧の先には千切れた黒い糸がぶらぶらと垂れ下がっていた。それだけではない、たくましいGate Keeperゲートキーパーの背中が、Dark Kの顔を槍で突いていた。


「見える! テルキさんじゃないよ!」


 誠也の叫びで銀色の仮面が壊れたことを知る。これで梨紗以外には優と同じ顔が見えるようになった。救ってくれたと伺える賢成に無言で頭を下げると、優は目の先にある赤色の柄をした剣を拾い立ち上がった。


 気持ちを抑えていたのか、Member達の攻撃は止まらない。Dark Kへの集中砲火。跳ね返った銃弾や、互いの矛先が身体を掠っても誰も構わない。振るった斧の先から再びDark Kは蜘蛛の糸を伸ばす。それはガラ空きになっている梨紗の元へと伸びていく。優が斬るより、黄色の槍が早かった。航は護る、梨紗のことを。


「ねえ」


 全員の視線がそちらへ動く。短いハスキーボイスと共に、ゆらりと梨紗が立ち上がった。すぐに駆け寄り身体を支えた航を見ずに、梨紗は真っ直ぐ前の闇の人間を見つめている。


「んー、やっぱりいい目するよね君は。大好きだよ。ゾクゾクしちゃうよ」


 槍での突きをDark Kは斧で受けると、真也を蹴り飛ばした。庇うように真也の前に立ち剣を構える誠也、銃口向けたまま睨む翼、梨紗の槍を手にしたまま座った視線を向けている賢成。仕掛けてくるか、優も体勢を整える中、航の手を自ら外すと、梨紗は一歩一歩、Dark Kに向かって歩みを進め始めた。


「そうだよね。君はもう、僕のとりこだよね。あんなこともこんなこともしたんだから」

「てめえ!」

「ワタルやめて」


 顔に似合わぬ怒号を上げて一歩を踏み出した航を、すぐに振り返って梨紗は制止した。梨紗がこんなに前に出てきてしまっては、とばっちりを懸念して安易にヤツに攻撃は出来ない。


 梨紗は望んで歩いてきたように思える。輝紀に見えている、それだけが彼女に良心を持たせているのだろうか。


 梨紗とDark Kの距離はどんどん詰まっていく。その魔の手に自らもう一度堕ちようと言うのか。


 遂に梨紗はDark Kの目の前に立った。Dark Kの手から斧が現れた時と同じようにスッと消える。汚れた手が梨紗の身体に触れた。向かい合って梨紗とDark Kはその場に膝をつく。優は思わず航を振り返る。梨紗の決めた行動を尊重しているせいで槍を握っている手にぶるぶると我慢が滲んでいる。穏やかではない。


「おかえりマイハニー。次はたっぷり蝋燭プレイにしようか」


 Dark Kはにこやかな顔をして、梨紗の髪の毛に指を絡ませる。


「いいよ。けど、その前にしたいことがあるの」


 Dark Kが次の言葉を紡ぐ前に、梨紗はその顔を両手で包んで唇を塞いだ。目の前で何が行われているのか分かるくせに、目も脳みそも何もかもが拒否している。カランと後背で槍が転がる音がした。だが航に寄り添ってやる余裕がない。これが洗脳なのか。ここで、game overゲームオーバーか。だったら全てを終わらせてしまったほうが楽だ。航の気持ちを代弁するように、優の指先は動く。ACアダプトクロックの“HOTホット”の文字に触れ剣を振り上げようとした。


「よせ! 燃やしたら全員死ぬぞ!」


 この状況下に置かれても賢成だけは冷静だった。優は剣を投げ落とす。危なかった。逃げてしまうところだった。親しき友が逃げずに堪えていると言うのに。生理的に涙が浮かんでくる。振り向くと航も同じ顔をしていた。、共にこうやって涙を流すのは。


 苦しみの中に聞きたくもない粘着音はよく響く。Dark Kの手が梨紗の服の中に差し込まれた。このまま行為に及ぶのか、それを見なければいけないのか。目を伏せた誠也につられ、優も下を向いてしまった。


「ぷぎゃああ!」


 心臓が跳ねた。こんな叫び声が上がるなんて想定外だったから。顔を上げてMember達を見るが誰にも異常はない。気づいてぞっとした。悪魔じゃない。悪女がいる。目の前に。

 こちらを向いた梨紗の鼻から口元は真っ赤に染まっていた。紛れもなく、Kの血で。


 梨紗の向かいに倒れたDark Kは口元を押さえて暴れ転げている。その口元から流れ出す血は止まらない。Dark Kをあたかも誘う振りをして、キスをして、舌を入れ込んで、噛み切ったのだ。全てはたったひとりでDark Kを殺す覚悟を決めた梨紗の策。その決意がついたのは、彼女が今、見つめている人を護りたいときっと思ったからだ。


 優の横を厳しい顔をした航が通り抜けていく。その刹那、優の左目の中にいたKの血文字が破裂した。ぶしゃぶしゃと血を噴くさまは今目の前で悶えているDark Kのよう。溶け切り出来た血の池は、再び四つのアルファベットを形成した。


Killed殺された


 単語だ、アルファベットを叫ぼうとしたが優は唾を呑んだ。親しき友が本気で着けようとしている終わりを台無しには出来なかった。


 涙で濡れた目を向けて、航は梨紗の頭を一度撫でた。梨紗の左目からも一筋の雫が流れた。航はDark Kの元へしゃがむと、口元を押さえている手を無理矢理剥ぎ取り、片手で首元を強く掴んだ。もう声を発せないDark Kは航を怯えた目で見つめて、おぞましく切れた真っ赤なKを乗せた舌をベロベロとさせているだけだ。


「さようなら」


 航の声は残酷なほどに冷たかった。振り上げた槍の矛先は、Dark Kの舌に落ちた。血飛沫が天井に向かって上がった。溢れて、溢れて、屍と化したDark Kと航を濡らしていく。


 地響き。空間が回り始めた。今までの物語の中で最も残酷な終焉。初めてボスを殺した。それも大切な友に手を汚させてしまった。この選択はリーダーとして本当に合っていたのだろうか。考えを巡らせているうちに意識は途絶え、真っ暗になった。








 ◆Next Start◇九章:繋ガリ強クナル心

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