そして…俺ですか?
月の前を横切り、やがて窓の外へと消えていくクジラを見送ると俺がとる行動は一つしかない。
俺の首を膝で支えるクマの顔を見上げてアレが何なのかを尋ねる意外に何があろうか?
クマ「知らないよ。」
え?
クマ「知らないんだよ。本当さ。」
俺「…何でも知っているんじゃないのか?」
俺の顔をのぞき込みながら鼻をピスピスさせながらクマは答える。
クマ「何でもは知らないわよ、知ってることだけ。」
そう来ると思ったよ!
クマ「ははは…。
でも君たちはツイてるね。あっちのみんなも気づいたかな?
凄かったでしょ!たまーに通るんだけど…正体は不明なんだよ。
今までココを通る冒険者でも詳しい人は居なかったな…。」
数百年かけても情報が集まらないのなら、考えてもしょうがない。
クマ「ぼくはこの山から離れることができないからね…。
もしかしたら他の地方では情報があるかもだよ?
そもそもクルセイトが賑わうまでは、
この辺に冒険者なんて殆ど来る事もなかったんだから…。」
…クルセイトが賑わったのなんて、ついここ何年とかだろう?
このクマは何百年以上も一人で居たのか…。
クマ「いやいや、流石にね。
言ったでしょ?魔法やいろんな研究をしてたって。
たまに話を聞いた魔導士なんかが弟子入りしてきたりするから、
割と楽しくやってきたよ♪
…レイヴンに伝わった技は…迷惑をかけちゃったみたいだけど…。
ゴメンね。」
と、申し訳なさそうに悄げて見せるクマだが…もう普通に心を読んで会話してやがる。
クジラの件に関しては神秘的であった。それだけの情報しかないまま暫くの沈黙が続く。体調も良くなったし、このままでは湯冷めしてしまうのでもう一度湯船に浸かるために体を起こすと…
クマ「…君はさぁ…、あの子の事…どう思っているんだい?」
俺「普段は酷い目に合わされているから、
復讐の為に心の中では『おしっ娘ちゃん』と呼んでやろうと思ってる。」
クマ「そっちじゃないよ!
…いや、そっちの娘の問題も重要だけどさ…。」
やはり何か問題はあるのだな?とクマの顔を見てやると、少し気まずそうに『しまった…』という表情を見せている。勝った!
クマ「…全く…あちらの人間は困ったもんだね…。
…シュミカちゃんの件は…さっきの上級精霊との約束だから許してよ…。
あの後、精霊はある場所に向かったんだ。
いつか解決すると思うよ。
納得出来るかは…あの娘の気持ち次第だね…。」
…意味深だな…。
クマ「う~ん…まぁ、悪い方には転がらないと思うんだけど…。
とにかく情報を集めて見るといいよ。
『いずれ彼の地に導かれるだろう…』なんてカッコつけて言ってたから。」
この世界を作り出している精霊どもが天然の中二病気質なのだから、そう言われるからには無理矢理でも導いてくれるのだろう。地道にヒントを拾い集めながら旅を続けていれば全て解決すると信じよう。
さて、あの娘ではなく…あの子の方の話なのだが、ちょうどフェードインしてくるペタペタと聞こえる足音に俺とクマは目を合わせて『その話はまた…』と、意思疎通を図る。
やがて引き戸を滑らせバンっと柱にぶつけて元気よく、体を拭きもしてない全裸のあの子が飛び込んで来た。
エイナ「ねえっ!ねえっ!見た!?アサヒは見た!?
お魚だよ!おっきなお魚がいたんだよ!お魚って空を泳ぐんだね!?
川以外で泳ぐお魚なんて初めて見たんだよ!
あの辺の空の事を海って言うのかな?ねぇ!?」
クジラは魚では無い…なんて細かい事はこの世界の事だし良いとして、そうか、エイナは海を知らないのか!…たぶん、このクマも…。
クマ「知ってるよ!
まあ…行ったことはないけど…。明日夜が明けたら露天風呂に行ってご覧。
遠くにだけどとても綺麗に見えるから。
…今からでも…でも、やっぱり夜明けか夕刻だね。
…今からならもう夜景になっちゃうか…暗闇だね。
…僕はそれすらも好きなんだけれどもね。」
そんな絶景なのか…。興味はあるな。
とりあえず、興奮してくるくる回っているエイナがこのままでは湯冷めしてしまうので、出来るだけテンションを合わせながら取っ捕まえて湯船に放り込む。
こんなところで野良猫ハンターのスキルが役にたとうとは!
俺「エイナ、空は海じゃない。夕日が沈むのを見たんだろう?
大きな水溜まりがあったんじゃないのかな?」
エイナ「うん、あったよ!アレも凄かった~♪
お姉ちゃん達も、
『心が洗われ過ぎて消えちゃう…』って泣いてたよ…。」
是非その方向でお願いします。
クマ「その水溜まりが海だよ。大きかっただろう?
大きな生き物も沢山いるんだってさ。
でも…さっき飛んでたのは、魔物とかの類じゃないかな…?」
エイナ「…クマさん…、その姿で夢を忘れたらダメだよ…。」
まんまとしてやられたクマは衝撃を受けて凹んでしまった…。
だが、純粋に見える子供の心を読まなかったお前に敬意を表する。
クマ「違うよ、読めないんだよ…。」
…と、ボソッと呟くクマは黙って本を拾い、また片手を湯船に突っ込んで照明兼、お風呂保温ヒーターとしての役割に戻った。…すまん、ありがとう。
エイナ「ねぇ、アサヒ!絶対に有るよね!あの背中に!」
再びテンションを上げながら訪ねてきた事の意味はスグにわかる。
零也に刷り込まれたであろう知識、そこから導き出される思考にあるものは…
俺「もちろんきっと有るさ、天空都市!無い訳がないだろう!
今回の御参りが済んだら次の目的地はあれでも良いかもなぁ♪」
絶対に、『ラピュなんとか』なんて言わないんだからね!?
エイナ「やたーーー♪楽しみが増えていくね!」
などと楽しく妄想込みで盛り上がっていると…先ほどエイナが入ってきた時と同じように、いや、それ以上の勢いの慌てっぷりで外の露天風呂でくつろいでいた二人が飛び込んできた!
シュミカは宣言していた通り、水着だか下着だかを身に付けたまま入浴していたのだろうが、リアの方は隠すなんて概念がまるで無い程の全裸である。
リア「ちょちょちょちょっと!のんびりしてるんじゃないわよ!
クマっ!クマぁ~~~っ!」
シュミカ「ん~~!こここ…こっち来たーーー!!
なんとかするっ!」
…思いっきり動転しながらクマの胸毛を毟るリアとシュミカ!
クマ「ぁいだだだだだ!やめ…やめてよ!どうし…た……の?」
言葉を失ったクマの視線の先には窓が。
そして…その窓の向こうに存在する巨大な瞳は、ゆっくりと浴室内を見渡したあと…一人の人物の目を見つめる。
…え…俺ですか!?
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