そして…行ってきます。

さて、出発の朝である。


俺達はシュミカの教会でのお祈りについて行き、改めてハルシャギクの花咲く姉さんの墓に出発の報告を済ませる。


その後は、なんだかんだでお世話になった受付のお姉さんにも一言挨拶を…と思いギルドに立ち寄ったのだが、休みの日なのだろうか…別の男性の受付に変わっていた。

少し残念ではあるが…そんな事の為に出発を遅らせるのもおかしな話。


あえていつかまたこの街を訪れた時にでも挨拶して驚かせてやろう。

…どうせ覚えてもいないだろうが…。


そういった 「いつか」の一つ一つが未来を求めて生きていく糧の一つにもなる事を学べたのも、この世界に来た恩恵か…出来れば元の世界でそれに気づけていれば、

もう少し上手に世渡りも出来ていたのだろうか…?


ここのダンジョンの続きも気になるし、ひと段落ついたら必ず戻って来よう。

あの魔物への挨拶は他の街ですればいいし、当面の旅費も十分に稼げた。

後は買い込んだ食料と水を馬車に積み込んで、ひとまずこの街での用件は終了だ。


とにかく目的が出来たのだからそれを目指す。


厩舎まで運んでもらった荷物を積み込みながら馬のギルが連れて来られるのを待っていると、やがて担当してくれていた人に連れられてやって来た。


コイツ…太ってやがる…。


いくらリアが大量の食べ物を運んでいたとはいえ…一応、運動や食事の管理はされていたハズだが…。


担当者「…仰っしゃりたいことはわかります…。

    運動もさせていたんですが…どうも食いしん坊でして…。」


…これは…もう少し稼いで置くべきだったか?

まあ、いざとなればリアがコイツを運ぶのだから問題ないか…。


多少の迷惑をかけたようなので、軽い詫びを入れて馬車につないでもらう。


リア「まぁぁ…凛々しいわぁ…♪

   またよろしく頼むわねぇ、ギル~♪」


頬ずりされてキリッとしているが…その腹はみっともないぞ…。


俺「…とりあえず、しばらくはちゃんと馬車を引かせような。

  引き締まった方がよりカッコイイだろう…?」


リア「そうかしらぁ…?これはこれで愛嬌があっていいと思うけれど…。

   あたしが運べばいいんだもの。」


この女、男をダメにするタイプだ!


シュミカ「ん…甘やかすのはその馬にとっても良くない…健康を害する。

     それに、この先は割と長旅。

     気温が下がる頃を目指すのだから計画的に進まなければいけない。」


エイナ「あはははは~♪

    おなか、たっぷたぷだねぇ~~~…はっ!?」


おい、そこで顔を赤らめて恥じらいを覚えるんじゃない!


シュミカ「ん…お嬢ちゃん…

     ふふ…お姉さんの『たぷたぷ』が忘れられないのかい…?」


手のひらを上に向けて高速ドリブル(バスケ)の仕草をしながらエイナに迫るシュミカにガンっ!と一撃食らわせる。


俺「お前ちょっと前にリアにハシタナイとか叱ってただろうが!」


バッと俺にしがみついて来たエイナは、俺の顔を見上げ…瞳を潤ませて…


エイナ「あ…アサヒぃ…ボク…何だか切ないよぅ……。」


…な…なんて事だ……俺は膝から崩れ落ちる!


俺「エ…エイナ…!?」


と、顔を上げると、くるくる回って飛び跳ねながらシュミカとハイタッチするエイナがいた…。


シュミカ「ん!この子はやはりとても優秀!

     役者の素質も十分!いろいろ仕込み甲斐がある♪」


エイナ「ね、アサヒ~…『切ない』って、なに?」


ガンガンっと二人に一撃ずつ食らわせる!


リア「あらぁ…体罰は良くないわぁ…。」


俺「絶対的強者の暴力と精神攻撃が良くて、

  なんで非力な教育的体罰がダメなんだよ!」

※もちろんコレは、この世界での人間関係及びに相手の頑丈さと、

 体罰の加害者の非力さを考慮した上での意見です。

 元の現実世界では、ダメ!絶対!

 

エイナ「ず~っと、こんな風に怒ってくれる人いなかったから…

    なんだか楽しいよ♪」


大きな竜ですら一撃で倒す、しかも自国の王子(お姫)様にツッコミ入れられる一般人がいたら会ってみたいわ!


…あ、いたのか…一人だけ、あの男が…。


と、気持ちを落ち着けてエイナを見ると…隅でシュミカと次のいたずらのミーティングをしていた…。

悪知恵の悪魔と腕力の小悪魔がコンビを組んだか…。

誰か俺の寿命を占ってくれ…あと、出来るだけ楽な死に方でありますように…。


そうだ。

人は死ぬ。

人でなくても生きている者は全て死ぬ。

その身体が動いていたとしても、それは死んでいる。

…はて、精霊とやらも死ぬのだろうか?

そもそもどのような存在なのか…?


何だか興味が出てきたな…コレは。

本格的に文字の読み書きを勉強してみよう!

覚えたら、それぞれの街で図書館などに通うのだ!


…今、周辺に跋扈する下世話な連中ではない、知的なお姉さん達に逢えるかもしれない!

そうだ、それを魂の目標にして進もう、この魑魅魍魎達と!


担当者「…あの…、皆さんのコントは楽しみましたけど…

    でかいオチが無いならそろそろ行ってもらってもいいですかね?

    暇だけど仕事が無い訳でもないんで…。」


俺「あ、はい。」


やんわりと追い出されましょう…。

するとエイナがくるくる回りながら担当者さんに近づいて手を取り、


エイナ「この街にはまた絶対来るよ!

    次は絶対にダンジョンをクリアするんだよ♪」


担当者「あ…ああ、あのダンジョンですか!

    この街自体が有名じゃない上に、冒険者も少なかったのでアレでしたが…

    割と高難度らしいですね。

    何だか最近はレアアイテムの噂で持ちきりですが…。

    それで良い名物になったとしても、この職業をしている身としては…。


    この先、

    飲食店で馬肉が安く多く出る街のダンジョンには気をつけてくださいね!

    

    ちゃんと、預けた馬たちを迎えに来てこそクリアである事をお忘れずに!」

      

…と、神妙な顔つきでギルを見る。


少し青ざめた様に見えるギルは、

その後、リア以外の人間にも少し謙虚な視線を向けるようになった。


全ての手続きを終え、図らずも多少の因縁を残したこのティルスガルに一先の別れを告げて、次の補給が出来る街ワジョビエを目指す。


距離はあるが途中にいくつかの村が有り、比較的楽で観光にも使われるルートらしいので問題は無いだろう。

あまり頼るのも良くないが、最悪の場合でもエイナ大明神がなんとかしてくれよう☆


ここからだ。

俺とリアとシュミカ。

そこにエイナとギルを迎えたこの家族だけでの旅が今やっと始まる。


担当者「行ってらっしゃいませ!またお待ちしております!」


リア「行くわよ~ギル♪はいよー!」


馬車は勢いよく前進する!


…5メートルくらい。


ゼェゼェと息を切らすギルに、甘やかす以外の愛情表現を持たないリアが宙に浮かせて運ぶ。

前途多難だな…などと微笑んで眺めていると…

同じ様に皆を愛おしそうに眺めるエイナ。


その頭に飾られた、精霊の力で枯れることの無い一輪の花は、その花言葉の一つを持って俺達にいつもそうであれ!と、励まし続ける。


姉さん…また必ず戻って来ますよ。

行ってきます。


そして…俺はこの時に決めた。

…俺はこの世界の客人などでは無い。

俺はこの愛おしい家族と共に生きる、この世界の住人として生きていく!

   



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