そして…お別れは赤いベッドの上で。

叫び声と喧騒の中で始まったその日は俺達にとって決して忘れられない…忘れてはいけない一日となる。


昨夜宴が行われた広間の床でエイナを掛け布団にして寝ていた俺は、あまりの五月蠅さ…よりも水を求めて起き上がる…。

まぁ…昨日よりはマシかな…。

隣で大の字で寝ている自称神職の悪魔が風邪をひいてはイケないのでエイナ布団を譲り、「せいぜい良い夢を見るがいい!」と一瞥して周囲に意思を移す。


…なるほど…明け方に戻ってきたのであろうカディスの部下たちが囲んで騒いでいる中にいるのは…昨夜早々に脱落したノーイラ=タスツ一行だ.

朝食を取りに出てきた所にかち合ってしまったらしい。


…大変そうなので近づくのは止めておこう…。


こっそりと水場に向かうついでにこの世界の水事情も少し…この辺りはとても恵まれているので地下水や山から流れてくる川もある。

はじめの頃は七転八倒したが流石に身体も慣れて、この世界の生物が飲んで問題の無い水は…この先の未知のモノ以外に関しては大丈夫になった。


ただ…水の少ない地域などは、二日酔いの翌朝にも酒のようなモノが出されたりもする。

大人子ども構わず…元の世界の酒とは違い、ただただ身体の水分を奪うわけでは無いのだが…慣れない俺は酔ってしまう。

その地域では…それこそが水だったりするのだ…。


この二日酔の身体に染み込んで行く冷たい水!

生き返る!


リア「…あぁ…アンタも起きたのねぇ…。」


と、同じく水を求めて来た下着姿の半死人はオケに張られた水の中に顔ごと突っ込んで水を吸収している。

…竜人て…エラ呼吸も出来るのかな…?今度聞いて見よう。

…多分殴られそうだけど…この世界で生き抜くためには探究心を失ってはならないのだ!


そんな事を考えながら下着姿でガブガブと水を飲んでいるリアを眺めていると…。


ノイ「あ~!アサヒ兄っさ~ん!…起きてきたなら助けてくだっさいよ~!!」


見つかった~!!?


部下達「なんですか、アサヒさん!まさか知り合いなんですか!?

    さっきまで自分らはぁ~~~…!!」


と…そこで上の方の階からだろうか…?

「うああああああ!カディス様あああ!!」

と、叫び声が聞こえてきた!

叫び声の内容に、緩みきった男たちは二日酔いや寝不足など吹き飛ばして上階に向かう。

俺とリアもそれに続くのだが…体力が違居すぎるので、かなり出遅れた…。

息切れしながら階段を登る途中で、お互いに交差する中でぶつかったのだろう…

ガトスがまさに顔面蒼白…冷や汗だらけで階段の途中で倒れ込んでいる。


俺「ちょっと…どうしたんです?!」


ゆっくりとコチラを見て、ハッとしたガトスは…リアに視点を合わせると飛びついて動きを封じる。


ガトス「…だだ…ダメです!

    姉御はココにいてください!だ…めです…ああ…ああああ…!!」


…尋常ではないな…。

やがて騒ぎで目を覚ましたエイナとシュミカ、やっと落ち着いた朝を取り戻したノイちゃん一行も流石に異常を感じてやってくる。

  

リアにしがみ付くガトスを尻目に俺も先に進む…。


リア「どきなさいなぁっ!」


と、ガトスを階下に突き落としてリアも追いかけてきた。


五階程度ではあるが、エレベーターなど無いこの世界では高い方であろう最上階。

カディスの部下たちが呆然として中を見ている部屋にたどり着く。

そいつらをかき分けて部屋に入るリアに俺達も続くと…

寝室である…。

『赤い部屋』…これほどの状況を見てしまえば、濃い血の匂いにも当てられて逆に現実感を失ってそんな言葉も浮かんでくる。

俺自信、今の俺がパニックを起こしているのか、異常なほどに冷静なのかはわからない…。


ただ、頭が目の前の景色を必死に分析しようとしている。

特異過ぎて感情などとても追いついて来ないのだ…。


たぶんだが自分の部屋もそうだったので、白を基調とした部屋だったであろう。

寝室だ…当然ベッドが有る。

真っ赤に染まったそのベッドの上には…

壁に上半身をあずけて、生きているのか死んでいるのか…放心状態のカディス…。


その腕の中に…この距離でもわかるほど…

これ以上の想像が出来ない程に幸せそうな表情で時間を止めてしまった…


『ソレ』はあった。


リア「…こ…この部屋って…

   なんでこの部屋なの…?

   カディス!どうしたの!何なのよ…これはぁああ!?」


その声に反応してカディスは動き出す…ゆっくりと…。

腕の中に抱く『ソレ』を大切にベッドに横たえ、布団を掛けてやり…


そう、ゆっくりと…ガクガクと震える身体を抑えながら、血まみれの竜人は…

俺達の前に四つん這いになって顔面を床に叩きつける!


カディス「すすすす…すま…すま…ない!

     我が…気づかなかった…なぜだぁ!!

     記憶…が…戻って…いたなどとぉぉ!!なぜ…気づかなかったのか…。

     昔の!…あの頃の思い出話など…笑って…


     出来る状態では無かったはずなのにぃ……!!」


…そうだ…昨夜感じた違和感…先日に沼地で会ったルキリ姉さんはカディスに対して絶対服従の気持ち悪さがあった…。 

昨夜はどうだった?

俺達は自然な昔通りの姉さんに接し、数少ない違和感を呈してくれそうなメンバーは…

そう、まんまと俺達の前から居なくなってしまっていたのである…。


姉さんは…いつ、どこから記憶を戻し、計画を立てたのだろう…?

『お前たちは死んだりしないで』などと…勝手なことを!


酒に頼り、カディスの力を抑え…半ば強引に想いを遂げた彼女は…

任務のためと偽って、リアにベッドの隙間に忍ばせさせてあったのだろう…。



その短剣を取り出し、自らの首を裂いた。



…目の前で護りきれず…失った家族達への罪悪感を取り戻してしまったのか…。

しかし、その分も幸せを掴むという選択肢もあっただろうに!


片手の指にはめられたそのリング…

俺達が指を見る度に思い出してしまうではないか!!


リア「…なんでよ…姉さん…。

   なんでそうなっちゃうのよぉ!?」


シュミカ「ん…んん…うあ…うあああああ…!!」


エイナも俺にしがみついて涙をこらえている。

…『自分の前ではもう誰も死なない』…その決意も、自ら死を望んでしまった者には適用されないのだ…。


誰一人その別れを望んでいなくても…。


俺「…エイナ…泣いていいんだよ。

  俺も…誰も泣かせ…たくないけどさ…

  本当に……悲しい時は……」


これ以上の言葉はもう出ない。


…小さな男の子の胸の中で大声で泣き叫ぶ男の姿を笑うなら全人類が笑えばいい!

ならば俺は…そうして笑われるために生まれてきたのだ!



そして…これを期に、新たな運命の歯車は少しずつ噛み合って行ってしまうのだ…。 

 



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