そして…おしりが心配です…

中級層に入って初の中ボスは結局エイナに倒してもらい、問題の十五階層。

この先を右に曲がれば問題のルート。


間違いなく多くの冒険者たちが挑んだ筈であるが、何のデータも残っていないエリアに入る。


左に進めば二十一階層までのデータが手元の本に。


右に進めば…この十五階層からもう後は全て謎のエリア。


俺「右に…行くんだな?」


エイナ「そだよ~♪」


緊張感の欠片も無いエイナは相変わらずくるくる回っている。


エイナ「大丈夫だよアサヒ~。

    危なくなったらこの石を割れば良いんでしょ?」


…そう言えばそうだ…。」

先程は勝手に帰還者がいないからだと思っていたが、

その程度の話なら何人かは帰ってきていて、何かしらの情報を残してくれていても不思議では無い…。

何かしらの理由が有るはずであるが…受付で詳しく聞いておけば教えてくれたのかも知れない。

だが元々こんな深さにすら来るつもりでは無かったのだから仕方ない。


しかしその理由の一つに過ぎないのかも知れないが…それはすぐに理解することになる。


まずは右の道に入り、直線の道を進んでいると…少しずつ視野が狭まってきているのに気づいてきた。

それはとてもユックリと…。

『水分補給を忘れ、いつの間に脱水状態になりかけていた』

…まさにそんな状態である。


そう言えばエイナは…?

状況判断能力も知らず知らずのウチに失って来ている。


コレはヤバイ!

つまりはそういうエリアなのだ。


俺「エイナ…エイナ!?」


急激に暗闇に襲われ、どうして良いのかわからない!

辺りを手探ろうにも身体の自由も奪われていく…。


エイナ「…なんだ~…そんな事か~。

    ちゃんと書いといてよね…。」


そこにいるのか?


エイナ「アサヒ~大丈夫だよ。

    コレは多分ランダム転移だよ。

    そろそろ始まるから手、繋いでおくね♪」


エイナにはコチラが見えているのか?

ということは、初めての感覚にこの体が対応出来ないだけなのかも知れない。


こんな状態でもそんな少しでも前向きな思考が浮かぶのは…

俺の手を握るとても小さな手が、これ以上無い安心感を与えてくれているからだ…。


エイナ「始まるよ♪

    ボクが馬車で気持ち悪くなったみたいになるだけだから、

    きっとすぐに慣れるよ~♪」


…そこでスッと意識が飛んだ。




少しずつ意識が戻って来る…しかし身体が重い…この感覚…。


と、目を開くと、横になった俺の上にエイナが覆いかぶさって胸の辺りで顔をグリグリしている…。


エイナ「…あ!

    アサヒ起きた~?おかげでアサヒ分の補給ができたよ~♪」


俺「いや、重い重い…。」


ユックリと身を起こしながらエイナをどかせ、辺りを見回すと…。


先程までの景色とあまり変わらない様に思える。


俺「どうなったの?

  コレ…。」


エイナ「零也お兄ちゃんは『ランダム転移』って呼んでたんだけど、

    ダンジョンの何処かに勝手に飛ばされるんだよね。

    ボクは結構好きなんだけど…

    大きな魔力と精霊の力が掛かるから、

    慣れてないとキツかったのかもだね…。」


なるほどね…。

そんな物、もちろんあちらの世界で体感する事はなかったから脳と身体が激しく混乱したということかな?


俺「ん…、もう大丈夫っぽいかな…。」


と、ふと改めて周囲を見ると…見たことの無い大きめの魔物の残骸が転がっている…。


俺「…と、とりあえず、ありがとう…。」


立ち上がったエイナはクルッと回って、笑顔と…


エイナ「お安い御用だよ♪」

 

…との一言をプレゼントしてくれる。


ちくしょう!

動画を残したい!


俺「で…俺ってどれくらい寝てたの?

  後、ここは何処かわかるのかな…?

  もし危険ならココで一旦帰還したほうが…。」


エイナ「ん~、そんなに長くはないと思うよ。

    あ!

    アサヒが寝てる間に結構集めたんだけど、

    コレ上に送ろうよ♪」


と、指差す先には倒した魔物達の残骸からむしり取って来たのであろう、

ドロップアイテムと呼ばれうる血まみれの小さな山がそびえ立つ…。


…本当に…度し難い世界だな…。


しかし…ひと目見て高級そうに見える物も有る。

コレなんか、加工すれば宝石のようになるのでは無いか?

そんな物まで混じっている…。


俺「なあ…もしかしてだけどさ…結構な下層なんじゃないのか?ここ…。」


エイナ「…どうなんだろうね…、ボク的にはまだ平気だし、

    さっき他の人の大声が聞こえたから…。

    まだ二十一階層よりは上だと思うよ。」


俺「…その大声の人達は…?」


エイナ「え?

    わかんないよ…。

    だって、あまり離れちゃったらアサヒ食べられちゃうから…。」


…大声の人達!ごめんなさい!!


エイナ「でも、ギャーって声の後すぐに声がしなくなったから…。

    きっと石を割って転移したんじゃないかな?」


そうだ!きっとそうだ!そうに違いない!

…と、言うことで納得するのだ、俺!

……ギャーって叫びながらアイテムを使う風習のある地域の方々に違いない…。


その後、少しずつ辺りの地形と地図を照らし合わせた結果、

おそらくは十八階層である事がわかり、地図に従いアイテム転送ポイントへと向かう。

この階層は丁度中ボスと大ボスの二連線直前階と言うこともあり、

転送ポイントと回復ポイントが隣接している。


時間も時間であるので、今日はココでギリギリまで稼いで帰還することにしたい…んですけど…。


俺「なぁ、エイナ、ちょっと思ったんだけどさ…。」


と、話を持ちかけようとした時、


エイナ「…ちょっと待って♪」


と、エイナは正面の暗がりに音を立てずに忍び寄ろうとしている。

多少距離があり、俺には認識できずに敵だろうか?…と思い身を潜める。

やがてエイナが手招きするので近づいて見ると…


『おしり』である。


それ以外の言葉は出てこない。

そこには『おしり』があった。


小さな洞穴があり、その奥を調べたのだろう。


ユックリとそこから出てこようとしている人がいるのだ。


後で例の受付嬢に風評被害をバラ撒かれる危険も有るので、

ローブなのかスカートなのかわからないが、そのわがままボディを連想させる立派なそれを眺めたい気持ちを抑え、

俺は目をそらしながらその全身が出てくるのを待つ。


色々な情報をご教授願いたいので、いきなりの失礼など以ての外だ!




「ひぎゃん!!!!」



…との悲鳴が響き、目を向けると…。


上半身を洞穴に残したまま力なく放置された下半身と…


キョトンとした後に、コチラを見ながらいたずらっぽくテヘってしているエイナ…。

いわゆる忍者のドロンの手の形だ。


エイナ「…ね!見た!?

    ズドン!超キマったよ!あはは♪」


…血の気が引きました…。

子供恐るべし!


俺「エイナ!

  女性にズドンは絶対にやっちゃダメ!!

  …いや、普通にそれは禁忌の技だよ!

  封印しなさい!!」


エイナ「え~…面白いのに…。」


一度喰らわせてやろうか…?

いや…ダメージを知っている俺には出来ない…。

いつかこの話を伝え、シュミカにでもその役割を任せよう。


痛みは知っておくべきなのだから!


などと思考を巡らせている中でも目の前の下半身はびくともしない…


俺「おかしいぞ、エイナ…引っ張り出そう!」


やがて現れた上半身。


ショックで頭を打ったらしく、結構な出血です!



俺「ヤバイぞ!

  泉!

  回復の所に運べ!」


流石に事の重大さに気づいたエイナは、そのお姉さんを担いで記憶している回復の泉にダッシュして行った…。


置いていかれると更にやばくなる俺も、アイテムなど置いたままでとにかく後に続く!

もちろん後で回収するのだが!


やがて回復ポイント…。


俺「…アイテム置いてきたけど、無くなってたら…ゴメンな…。」


エイナ「ううん…、ボクが悪かったよ…。

    そっか…女の子はズドン駄目なんだね…。」


俺「男の子も駄目だ!

  アレは禁忌の技として俺の世界でも禁止されている!」


しかし、やはり下層階になると泉も思い描いていたような幻想的な物になるようだ。

まさしく泉と言える程度には大きい。


全身を漬けようにも服を脱がす訳にもいかず…

うつ伏せにしたその女性の頭とおしりに泉の水を掛けながら目を覚ますのを待つ異常な光景が暫く続く…。




そして…運命とは本当に神秘に満ちている。


このお互いにすれ違うだけの小さな出会い。

謝罪など考えずにこのまま放置しておけば、

お互いに幸せで在れたはずなので有る。

  


        

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