第28話 謎が残る
その日の晩、アヤカの切り盛りするレストランを早めに閉店してもらう。
「集まってもらってありがとう」
集まってくれたギルドメンバーの仲間たちへ感謝を述べる。
俺、スイ、ユウ、アヤカ、鈴木の五人だな。
昼間に起きたブラックスライムがスライムノイドに変化したことについて、みんなに相談しようと声をかけたんだ。
声をかけたらすぐにスイ、ユウ、アヤカ、鈴木の全員が招集に応じてくれた。
せっかくだからとアヤカが手料理を作ってくれていて――。
「ううんー。ソウシくんのお願いだもん(はあと)」
「は、はは」
湯気を立てるお皿を運びながらアヤカがぱちーんと俺に向けてウィンクをする。
見えないどす黒い何かを思いっきり後ろにのけぞって躱し、ふうと息をつく。
「ソウシが緊急招集するなんて、何があったの?」
スイが整った眉をひそめる。
「ちょっと意味不明なことが起こったから、みんなに集まってもらったんだよ」
内容を説明しようとした時、斜に構えた鈴木がトンとグラスをテーブルに置く。
ものすごっく意外なことに鈴木がドリンクを準備していたんだ。
でもさ、鈴木……このドリンク……色が青紫なんだけど……。
嫌な予感がするけど、せっかく彼が準備してくれたものだから……鼻を近づける。
「うっわ……」
変な声が出た……。
「はやく飲め。健康一番だ」
「何を入れたんだこれ……」
「アロエ、ザーサイ、セロリ、ピーマン、紫芋、紫キャベツ、アボカド、玉ねぎ――」
「野菜ジュースみたいなもんか?」
「うむ」
そう思えば、この臭いも……我慢……できるかああああ!
野菜ジュースってやつはなあ、バランスが大切なんだよ。何でもかんでも入れりゃいいってもんじゃないんだ。
「これだけの材料を集めたことは評価する」
グラスを机の上に戻し、何事も無かったかのように説明を再開しようとした。
が。
ドーンと机が少し揺れる。
「マズイ。だけど、飲めないことはないわね」
机を揺らしたのはスイがグラスを勢いよく机に置いたからだった。
よくグラスが割れなかったな……。
「ん?」
「ソウシ、飲まないの? せっかくほしが作ってくれたのに」
スイが口元をふきふきしながら呟く。
「あ、いや」
忘れようとしていたのに、じーっと俺の手元を見つめないで欲しい。
「ん、んんんー」
「な、何! うおおおっ」
頬っぺたを膨らませたユウの顔が俺へ迫ってくる。
そ、それ口の中に毒々しいドリンクが入っているよね? え、えええ。
彼女は俺の口元に自分の口を寄せ……。
口移しですか? それなら頂きますぞ。
ハアハアと鼻息荒くしていたら、グイっと頭を手で掴まれた。
見上げたら、スイの凍り付かんばかりの視線が俺を刺す。
「んーんんんーー!」
「え、ちょっと、ユウ……」
俺へ行くのを諦めたユウがスイへぶちゅーっと口づけしてしまった。
そのまま彼女はスイの後頭部へ両手でぐわしと掴み、頭を固定する。
きゃー、いやー。
二人の口元から毒々しい紫色の液体が垂れて来る。
「ぷはー」
「はあはあ……」
スイの顔が上気し、艶めかしい息を吐いているじゃあないか。
紫色の液体が彼女の顎を伝って床に垂れ落ちた。
「な、何かしらソウシ?」
「あ、いや。ドリンクが床に落ちて行くのが勿体ないから舐めようかなあって」
ぱしいいいん。
平手打ちされた……。
あんまりだあ。ユウには何もしないのに、未遂の俺には手を出すなんて。
「ソウシくん、こっちを舐めるー?」
「う、うん」
ぱしいいいいん。
またスイに平手打ちされた。
「ちょ、ちょっと」
「わ、私がやるから!」
何をムキになってんだか、スイがユウの顎をぺろりと。
うひゃー。これはこれで、ご馳走様っす!
「何、手を合わせているのよ」
「自然な動作だよ」
気が付かれたか。
スイは後ろにも目があるんじゃねえのか? とたまに思う。
「さて、じゃあ、今日起こった事件を説明するぞ」
ん、何かな。
スイが俺の肩を掴んでいる。
そして、ユウがこぼれんばかりの笑顔でなみなみと毒々しいドリンクが入ったグラスを両手で持っていた。
ま、まさか。
「いやだああ。ちゅーじゃないといやだああ。スイぃー!」
「やかましい」
ほっそりとした指で鼻を挟まれてしまう。
ふんがあと口を開いたら、ユウが絶妙のタイミングでグラスを俺の口へ。
「そんなにキスがいいならあたしがやってあげるわよ(はあと)」
それだけはご勘弁を。
ブルブルと首を振るが、容赦なく口内に毒液が流れ込んできた……。
……しばらくお待ちください。
「っぷ。じゃあ、説明をはじめます」
「おー」
ぱらぱらとみんなから拍手が。
「ブラックスライムのコアを掴んだら、ブラックスライムがスライムノイド・ブラックに変化したんだよ」
俺の言葉にみんなが思い思いの顔で口をつぐんだ。
モンスターが自発的に別のモンスターに変わるなんてことは……ダンジョン最深部にいる大ボス以外はなかったはず。
「異世界ならではなのかなー?」
一番最初に口を開いたのはユウだった。
「階層ボスがどんどんパワーアップしちゃったら大変だわねえん」
料理を全て置き終わったアヤカが椅子に腰かけながら、ため息交じりに呟く。
「ブラックスライムからスライムノイド……となると討伐推奨レベルが十倍くらいだよな。ポンポン変わってしまったら、とんでもないぞ」
ゴクリと喉を鳴らす。
俺たちはともかく、一般のハンター達にとってスライムノイドなんて手が余るってもんじゃない。
奴は二百階クラスのモンスターなんだ。ハンター達はトランスできないから、百階辺りが限界点。
「ほし、ソウシ。これまで階層ボスやそれ以外のモンスターで変化したって話を聞いたことがある?」
机の上をコンコンと叩き、スイが顔をあげた。
彼女は何か思いついたことでもあるんだろうか? 聞き方が確認するような感じだ。
「無い。もし目撃していたら報告くらいするさ」
「俺も今回が初めてだ」
鈴木と俺が口を揃える。
俺たちの回答へスイは頷きを返すと、水で口を潤してから言葉を続けた。
「可能性は二つね。一つはソウシに触れたから変化した」
うん、その可能性は考えた。俺たちはこの世界にとっての異物だから、俺たちが関わることで思ってもみないことが起きるかもしれない。
モンスターが変化したことは、謎の化学変化の一端であるってこと。
「もう一つは、やっぱり」
「察しがついているようね。もう一つは誰かのスキルって可能性よ」
「モンスターが成長するとなれば……ブリーダーかテイマーのスキルだよな……」
「うん」
こっちの方が可能性は高い。
メタモルフォーゼオンラインの仕様と合致するからだ。この世界はメタモルフォーゼオンラインで出来た事のほぼ全てが実行可能なのだから。
違うのはNPCが関わっていたイベントとか、そういう人的なものになる。ここはNPCがいなくなって、生身の異世界の人間になっているのだから、当然といえば当然なんだけどね。
「俺たちの中にはブリーダーもテイマーもどっちも持っている人がいないよな?」
「そうね。ハンターの中にどちらかのスキルを使える者がいるのかもしれないわね」
でも、一体何のために……。
ブリーダーもテイマーも自分がモンスターを使役して戦いやらに利用するためにスキルを行使するんだ。
階層ボスエリアにモンスターを放置していても、自分にとって何らメリットがないじゃないか。
謎が深まるが、差し当たり注意深く経過観察することとして、今後同じような事件が起こった場合は調査しようということになった。
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