第26話 ブラックスライム
古い。古かった。古い時。
でも古いって言うのは禁句な気がするから何も言わずにめるふぇんショップから出てきた。
あれ? お約束なら後ろからむぎゅーのはずなのに何もなかったぞ。
何という中途半端な古さだ。
若干憤りつつも、風呂で汗を流しごろんしたらすぐに寝てしまった。
――翌日。
宿屋でホットケーキをもしゃっていると、ウサギ耳さんことミーニャが階段を降りて来る。
彼女らは冒険者の宿で宿泊していたんだな。
「おはよー。はやいね。案内人さん」
「お腹が空いて食べてただけですよ」
昨日の夜はうなだれて夕飯も食べずに寝てしまったからな。今朝は腹の音と共に目覚めてしまったのだよ。
そんなわけで、ミーニャのパーティと一緒に朝食をとって大迷宮へ繰り出すこととなった。
彼女らは階層ボスを倒していたみたいで、本日は二十階からのスタートだ。
戻りは徒歩じゃあなく、この分だと二十五階の階層ボスを倒して帰還って感じかな。
特に途中はたいしたイベントもなく淡々とエリアを進んで行く。
彼女らはバランスの取れたパーティで隙がない。レベルに比べて低階層を進む慎重さも持ち合わせているから、安定感が抜群だ。
この前の合コンの時とのえらい違いに驚きを隠せない……。
「あ、この先に宝箱があります」
前を指さすと、先行して猫耳さんが忍び足のスキルを使って周囲を伺いながら先行する。
彼女が敵を発見したら、前衛の犬耳さんが前に出て狸耳さんが補助魔法を犬耳さんにかけていた。
敵に気が付かれる前にミーニャが魔法を撃ち込み、畳みかけるように犬耳さんがモンスターを斬り伏せる。
完璧な連携だ……。
みんながみんなこれだけちゃんと迷宮を踏破していくなら俺の苦労もないんだけどなあ。
いや、全くピンチにならないと俺の商売があがったりになるんだけど……。それでも、安全に進んでくれることに悪い気はしない。
宝箱も罠外しが失敗したモノは開かず放置と彼女らは徹底していた。
素材をぽんぽんアイテムボックスへ放り込みながら、あっさりと目標の二十五階へ到達する。
「階層ボスはこっちです」
「案内人さん、本当に詳しいんだね。お願いしてよかった」
「いえいえ……」
女の子四人から笑顔を向けられて俺の頬が緩む。
いやあ、ハーレムパーティを目指す主人公の気持ちが少し分かった気がする。
鼻の下が伸びっぱなしで、いよいよ階層ボスの小部屋の前に来た。
「二十五階の階層ボスを倒したことはありますか?」
「ううん。初めてだよ。どんなボスなの?」
「スライムです。ちょっと大きめの……」
「ありがとう。行こう、みんな」
猫耳さんが扉を開け、階層ボスの部屋へ入る。
続いて他の三人が。最後に俺が続いた。
部屋の中央には楕円形のおもちみたいなぷよよーんとしたスライムが鎮座している。
色は黒で中に電流みたいな稲光がバチバチと迸っていた。大きさは高さ二メートル、横幅は五メートルってところかな。
こいつは見た目通りの名前で、ブラックスライムという。
攻撃力はほとんどないし、動きも鈍いけど物理、魔法共に防御力が高い。倒すまでに時間がかかるからめんどくさいモンスターだと思う。
「スライムなら……アイスクラッシュ!」
拳大の氷が六つブラックスライムの頭上に出現し、勢いよく奴にヒットする。
スライムなら氷系で攻めるのがセオリーだな。うん。
でも……奴はまるで効いた様子がない。
ぽよよーんと氷の塊を跳ね返してしまったのだから。
ううむ。魔力をもっとあげるか、上位魔法を使うかしないとこいつにダメージさえ与えることが出来なさそうだな。
犬耳さんが剣でブラックスライムを斬りつけるも、同じようにぽよよーんと弾き返されてしまった。
「もうちょっと火力がないとダメなようですね」
冷静にミーニャに告げると彼女も眉をひそめながら頷きを返す。
「一撃必殺を狙ってみるかにゃあ」
猫耳さんが逆手にナイフを持ち、膝を落とし前傾姿勢を取った。
「悪くないと思います。でも、ブラックスライムの気を引かないと……ですね」
「だったら……」
「あ、これ使います?」
目を瞑り深い集中に入ったミーニャではなく、犬耳さんへアイテムボックスから取り出した身の丈ほどもあるハンマーを見せる。
こいつはブルーミスリル製のハンマーでユウのめるふぇんショップに置かれている武器の中だと一番強い部類になるのだ。
スライムを斬りつけてダメージを与えることができない火力なら、いっそぶっ叩いて気を引きつけるってのも悪くないと思ったんだよね。
余談ではあるが、スライムは叩き耐性があるのでよっぽどの破壊力がないとダメージが通らない。
「ソウシちゃん、これ……重たくて私じゃキツイかな」
犬耳さんは両手でうんしょっとハンマーを抱えて、俺に手渡してきた。
確かにハンマーは最も重たい武器種だからなあ。剣からチェンジとなると少しキツイか。
人間形態の時の俺が好んで使うのはハルバードという長柄の武器だから、ハンマーでもそれほど違和感がないのだけど……相手の武器もちゃんと見なきゃだったな。
今後の注意点としよう。(いつも素手じゃねえかよ。という突っ込みは受け付けないんだからな!)
「ルッカ、私とミーニャで引きつける!」
犬耳さんがワザと大きな声を出すと、剣を振りかざしブラックスライムに斬りかかった。
彼女の動きにあわせてミーニャもアイスバレットの魔法を飛ばす。
いい連携だ。
魔法自体はランク二と威力の低いものだけど、犬耳さんを巻き込まぬよううまくブラックスライムへ当てている。
「やっぱりダメージを与えることができていないな……でも」
うん。彼女らの思惑通りブラックスライムの意識は完全に犬耳さんに向いているようだな。
「クイック」
頃合いと見たのか狸耳さんから猫耳さんへ補助魔法が入る。
さて、どんな一撃を見せてくれるのかな。ブラックスライムを一撃で倒すとなると、奴のコアを一突きすればいい。
だけど、コアは体内の深いところにあるから容易く貫くことはできないんだ。
猫耳さんは膝を地面すれすれにつきそうなほど上半身を倒し、犬耳さんと反対側からブラックスライムの後方へ回り込む。
よっし、いいぞ。ブラックスライムは猫耳さんへ気が付いていない。
「ピアシングショット!」
スキルを発動させた猫耳さんは、膝を屈めて伸び上がるように勢いをつけナイフをブラックスライムへ飛び込んだ。
お、おお。
ピアシングショットか。こいつは盗賊系のスキルで敵の防御力を無視する貫通攻撃になる。
だけど、攻撃力が四分の一まで落ち込んでしまうんだ。
ブラックスライムを切り裂いていく猫耳さんのナイフ。
が。
「まずい!」
叫ぶ。
それと同時に自然と体が前に出ていた。
裂けた部分へ体ごとアタックしていた猫耳さんだったが、ブラックスライムのコアまで攻撃が届かなかった。
となれば……ブラックスライムの体が元に戻るわけで。
ぬ、ぬおお。
間に合えええ。
猫耳さんの腰へ手を伸ばす。
「ルッカ! 案内人さん!」
ミーニャの悲鳴が!
あ、あかんこれ……。
猫耳さんの腰に手が届いたはいいが、彼女を引っ張りぬくまでには至らず……。
彼女と一緒に俺もブラックスライムに取り込まれてしまった。
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