第25話 めるふぇん

 スイと別れ、俺は武器防具屋に向かう。


「うお」


 いつの間にかめるふぇんな外観に変わっているな……。

 壁や屋根自体はこの前と同じ石壁にレンガ屋根なんだけど、色が変わっている。

 壁はスカイブルーに白で雲を描いたものに、ところどころに動物の絵まで描かれていた。屋根はパステルピンクだよ。

 どこの保育園だと思う武器防具屋の入り口にはこれまためるふぇんな看板が掲げられていた。

 

『どりーむこすちゅーむ☆』


 ど、どりーむ……。なんかこう、ここで武器防具を買うのが怖くなって来ないのかな。

 店内へ入ろうとしたら、いかついムキムキの髭を蓄えたハンターとちょうどすれ違った。

 

「ど、どうも……」

「おう。あんたもハンターかい?」

「俺は案内人をやってます」

「噂の案内人か。今度俺も依頼しようと思ってたんだ。よろしくな!」

「何か購入したんですか?」

「おうよ。この店は王都の武具屋よりいいかもしれねえ」


 男が体を捻ると背負った両手斧が見えた。

 あれはミスリル製かな。ギラギラと光に反射する刃が良品であることを物語っている。

 店の見た目はあれだけど、売り物はめるふぇんではないってことか。

 

 ほっと息を撫でおろし、店内に入る。

 

 中もこう……外観と同じような感じで園児がはしゃぎまわっていてもおかしくないカラーリングをしていた。

 ところどころに飾られた動物のぬいぐるみが幼児には受けると思う。

 しかしだな、ぬいぐるみの横に大剣やらハルバード、クマのぬいぐるみに着せられた革鎧とかアンバランスさが凄まじい。

 

「やっほー。ソウシくん」


 奥からユウが両手を振りながら、こちらに出てきた。


「こんにちは。(壁を)ペンキで塗ったんですか?」

「そそー。可愛いでしょー。ぬいぐるみはアイテムボックスからじゃないんだぞお。ちゃんと作ったんだからー」

「そ、そうっすか」


 たらりと額から冷や汗が垂れる。

 アラクネーの糸で作ったのかなあ。

 アラクネー? アラクネーといえば蜘蛛だよな。外の雲か蜘蛛とかけている?

 いやいやまさかそんな安易なことはー。

 

「雲はねー。わたしと同じ蜘蛛からなんだよー」

「は、ははは」


 ビンゴだったらしい……。

 コホンとワザとらしく咳払いをすると、ユウがごそごそとカウンターの下から何かを取り出した。

 出てきたのは、身の丈ほどもある毒々しい緑色をした片刃の斧……。

 

 にへえっとほほ笑むユウと似合わないったらありゃしねえ。

 

「そ、それは?」

「これはねえーポイズンアックスだぞー。ちょっと切るだけで毒の効果を発揮しちゃうんだから」

「物騒なモノを床置きしたらいけません!」

「えへへー。大丈夫ー。わたしはぶつかっても毒にはならないもん」

「そ、そうでっか……人間形態なら毒化はするんじゃ?」

「ぶつかっただけだったらダメージは受けないから大丈夫だよー」


 お、そうだったそうだった。

 状態異常を喰らうにはダメージを受けないと発動しない。傷がついてないのに毒は体内に侵入しないって理屈だよ。

 

「その毒ってまさか……」

「違うよー。これはハンターさんが獲ってきてくれたポイズンリザードの牙からだよ」


 ぶんぶんと首を振るユウへほっと胸を撫でおろす。

 

「あ、でもー」


 スイは口元に人さし指をあてて思い出したように首をかしげる。

 

「でも?」

「『わたしの』もあるよー」

 

 えへーととろけた顔をされても困るんだが……。

 「わたしの」って言い方は何だかすこしえっちいけど、アラクネーの毒はしゃれにならん。

 毒には種類があってな。アラクネーの毒はユウのレベルも相まって、初心者ハンターなら即死するくらい強いんだ。解毒するにも最高級のアンチドーテやらキュアポイズンの魔法が必要になる……。

 

「あ、そうそうーソウシくんー」

「ん?」

「そうそうソウシくんって噛みそうだよね」

「あ、うん……」

「もうー、冗談だってえ。そんな顔しないでよー」


 ユウが俺の横までテクテクやってきて、俺の背中をポンと叩く。

 えへーっと下から見上げてくる彼女は美人顔なのに可愛らしく感じる。仕草や喋り方って見た目以上に影響力があるんだなあ。

 

「クッキーを焼いたの。アヤカ姐さんほど上手にできないけど、食べるー?」

「ぜひぜひ!」


 あれ、俺、何しにここへ来たんだっけ。

 

 ◆◆◆

 

 店の奥でクッキーと紅茶を頂いていたら、ようやく本来の目的を思い出した。

 

「『可愛い鎧の開発』って依頼を出した?」

「うんー。よく知っているねー。あ、ひょっとして」


 やだーと手の平を口にあて恥じらったように目を細めるユウ。


「な、何だろう?」

「わたしのことに興味を持ってくれたー? それで依頼まで見てたんだ。きゃ!」

「……そういうことにしときます……」

「もうー。すぐ拗ねちゃってー可愛い」


 ユウは「ごめんね」と人差し指を口の前にやり、片目をつぶる。

 じとーっと彼女を見つめていたら、「もう、いじわるさん!」と呟き、俺の口へ自分の指先を当てた。

 なんかこう、いちいち動きが古……いやなんでもない。

 

「そういや、ファンタジーの女子用装備ってなんでこう露出が激しいんですかねえ」


 誤魔化すように適当なことを述べたら、ユウは急に真剣な顔になって悩みだす。

 彼女は現在ワンピースぽい淡いブルーの服と黒のタイツとこげ茶色のブーツと丈が少し短いことを除けば、日本で着ていても特に不思議ではない。

 動きやすい服装って感じだ。

 スイはトランスすると上はビキニになるし、普段はよく着替えをしているからしょっちゅう変わるけど……スカートは短いことが殆どだ。

 それに狙ってるのか知らないけど、いつも絶対領域が美しい……。さわりてえ。

 

 ……ともかく。

 魔法使い風であっても、長袖で露出の無い上半身でも下は丈の短いスカートってパターンが殆どなんだよ。

 なんでだろう? 

 いや、ゲームの世界と似ているからと断じれば納得はできるんだけどねえ。だって露出のある衣装の方が、俺のようなユーザーが目を惹かれるじゃないか。

 

「分かった! ソウシくん!」

「お、おお?」


 長いトンネルから抜け出したユウが顔を綻ばせる。

 

「答えはじょしこーせーのスカートだよ!」

「まるで分からん……」


 真冬でも短いスカートに生足の女子高生は確かに見かけることがあった。

 しかし、それがファンタジーな露出衣装とどう関わってくるんだ?

 

 ま、まあいい。

 露出していると俺が嬉しい。それでいいじゃないか。

 

 一人納得して頷いていると、ユウの表情が元に戻る。

 

「ソウシくん、依頼のことはもういいのー?」

「可愛い鎧って実際に着てもらうんだよな?」

「そうだよー。見たいのか! やっぱ男の子だねえ。ソウシくんも」

「あ、いや、明日にさ、その依頼の手伝いをすることになって。どんな素材が欲しいかと思ってさ」

「そういうことかー」


 うんうんと首を縦に振り、俺の肩へ右手を乗せるユウ。


「何か希望はある?」

「ソウシくん」


 急に上目遣いで見つめてくるユウに心臓が高鳴る。

 いつの間にか俺の胸に両手の手のひらを当てているし……。

 

「ど、どうしたんだ?」

「好き……」

「え、えええええ!」

「……なものでいいよー。やーい、だまされたー」

「こ、このおお」


 こ、こいつうう。

 怒りに任せておっぱいを鷲掴みにしてやろうかと思ったけど、何とか思いとどまった。

 

「揉みたいのー?」


 ば、バレてるやないか。

 

「いい、よ? ソウシくんになら」

「また騙そうたってそうはいかねえ!」


 急ぎ立ち上がり、くるりと踵を返す。

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