第24話 解決解決?
「あらん、おかえりなさーい」
昼下がりだったからか、レストランに客は無く俺たちの姿を見たアヤカが手を振って迎えてくれた。
彼はよく一人でレストランを回しているよなあ……混雑時はさすがにウェイトレスの役まではこなせないみたいで、ユウかスイが手伝っているみたいだけど……。
俺も一度手伝ったことがあるけど、凄まじく忙しかった。
彼は超人に違いない……。
「その子にはミルクでいいかしら? ソウシくんはビール?」
「あ、いや。俺は麦茶でお願いします」
席に座るや否や、ホットミルクと麦茶が出てきた。
なんという速さだ。一体全体どうやってんだろう?
詳しく聞くと、俺が別の意味でアヤカに興味があると思われてしまうから聞くに聞けないでいるけどね!
「ありがとう。ソウシ」
「お母さん、よくなるといいな」
ちびちびとホットミルクを口にするハルはずっと笑顔をたやさないでいる。
エリクサーならきっと彼の母親も全快するはずさ。
「お待たせ」
麦茶を飲み終わる頃、調合を終えたスイが顔を出す。
「おお、はやいな」
「材料は全て揃っていたからすぐよ」
スイはトンと机の上に小瓶を置く。
小瓶には深い緑色の液体が入っており、彼女が蓋を開けると中の液体が淡い緑色の光を放っているのが見て取れた。
「これがさっきの蔦からってすごいね! ありがとう、姉ちゃん!」
蓋を閉めた後、小瓶を受け取ったハルは力いっぱい頭を下げる。
彼の目の端には涙が浮かんでいて、ほっとしている気持ちと嬉しい気持ち、などなど様々なモノが入り混じっているのだろう。
「帰りは気を付けてね。瓶を割らないように」
「うん!」
スイがああ言うものの、瓶が割れることは無い。
ポーション系のアイテムは「使う」以外で破壊されることが無いからだ。使用済みの小瓶はただの小瓶となり、叩きつけたら簡単に粉々になる。
でも、瓶の仕様のことや、実はクリーピングバインの蔦をエリクサー生成の材料に使っていないことなんかは、ハルに伝えるのが野暮ってもんだ。
「ハル。気を付けてな!」
「うん!」
ハルを見送り、俺とスイは冒険者の宿へと戻る。
俺たちの姿が見えなくなるまで、彼は何度も振り返り手を振っていたのが印象に残った。
お母さんを大切にな。ハル。
心の中で彼の母親が元気になることを改めて祈る俺であった。
◆◆◆
元の席に座った俺はふうと息を吐く。対面に座るスイも一仕事終えたからか、俺と同じように大きく息をついた。
「上手くいってよかったな」
「エリクサーなら大丈夫よね?」
「うん。エリクサーでダメだったら……いや、考えるのはよそう」
「そうね」
スイと顔を見合わせ苦笑する。
「お疲れ様。お二人さんー。これはあたしからのご・褒・美」
アヤカがやって来て、ジョッキに並々と注いだビールを二つテーブルへ置く。
「ありがとう」
俺とスイの声が重なる。
「さっそくいただくとしようか! 乾杯ー」
「乾杯ー」
スイとジョッキをコツンと合わせ、ビールをぐびぐびと……うめえええ。
仕事の後はこれに限るよな! うん。
飲み始めた俺たちへアヤカがソーセージやチーズといったアテを持ってきてくれた。
とても気が利いていることに、俺がビールを飲み干すことを見越していたのか新しいジョッキまで彼は手に持っていたのだ。
すげえ気が利く……この先読み能力がレストランを滞りなく回転させている力の一旦なのだろうか……。
そう思いつつも、遠慮なくソーセージにフォークを突き刺し、あーんと口を開く。
その時、後ろから声が。
「案内人さん、今日はもう閉店かな?」
「んん? あ、この前の」
大迷宮で合コンをしていたガールズパーティの人だ。
ウサギ耳でぼんきゅぼーんの。えっと、名前は……忘れた。
そ、それはともかく、彼女は俺の左側へ腰かけカウンターへ顔を向けると、
「オネエサンー。ビールをジョッキで」
当たり前のように注文をしたではないか。
元気よく右手をあげてビールを頼むものだから、ぷるるんと揺れて。
ついつい目がそっちに。
ゾクリ……。
その時、冷気を感じる。
目を横にズラすと黒いオーラを纏ったスイが。
「な、なにか……?」
「いえ、何も?」
「そ、そう」
仕方ないじゃないか。揺れてるんだから!
俺が悪いんじゃない。揺れているのが悪いんだ。
なんてスイと駆け引きしている間にもビールが到着し、ウサギ耳さんがジョッキを持って俺とスイのジョッキへコツンと自分のジョッキを当てた。
「かんぱーい。いただきまーす」
「か、乾杯……」
「……乾杯」
スイは無表情ながらも渋々といった様子で俺に続く。
「あ、お邪魔だったかな? 案内人さん、彼女さんとよろしくやってる最中だった?」
「あ、いえ……」
ウサギ耳さんに急に話を振られてどう答えていいものか悩む。
「……彼女……」
スイはスイで何やらブツブツ呟いているし……。
どうすりゃいいんだこれ?
「案内人さんにお仕事を頼もうと思ってて、ちょうどいたから」
「ちょ、どこに手を突っ込んでるんですか!」
「忘れないようにと思って、ここに入れて」
「ま、待ってください。後ろ向きますから!」
み、見えそうになったぞ。
ただでさえ胸元が開いている服なんだから、手を突っ込んでもぞもぞすると……ゴクリ。
凝視したらまたスイが。
あれ? さっきのような黒い視線を感じないぞ。
不思議に思ってスイへ目をやると、まだブツブツ何かを呟いているじゃあないか。後で怖そう……。
「そ、それで、依頼って?」
「んっとね。依頼ボードにさ、こんな依頼があって」
ウサギ耳さんから一枚の紙を受け取る。
『可愛い鎧の開発のため、素材集めを求む! フェザー、毛皮なんでもこい!』
「素材集めですか?」
「うん。ただの素材集めじゃなかったから、興味を引かれて」
「お、続きもありますね」
どれどれ。
ほう。素材を届けてくれた人限定でモデルになって欲しい。んで、モデルになった人には鎧をプレゼントだって。
「鎧が手に入るのよ! 凄くない!?」
「で、ですね……はは」
こらあ、なんて依頼を出してんだよお。
と心の中で叫ぶが、ウサギ耳さんの前でネタバラシするわけにはいかねえ。
「だから、案内人さんに深層を案内してもらいたいなあーって」
「わ、分かりました。謹んでお受けします」
「やった。ありがとう!」
両手を掴まれてぶんぶんと上下に揺らされた。
されるがままになっていたが、目がある一点に釘付けだよ。ほんと。
「あれ、でも、ウサギ耳さんって魔法使いじゃ?」
「うん。仲間の鎧も欲しいし、あたしのもいい物が手に入ったらなあって」
「ふむふむ」
「それと……案内人さん。あたしはウサギ耳さんじゃなくて、ミーニャよ。よろしくね」
「俺はソウシです。よろしくお願いします」
「じゃあ、明日ね!」
「はい」
ウサギ耳さんことミーニャは話が終わるとすぐに席を立って行ってしまった。
そういや、彼女、大迷宮を冒険している時はローブを装備していたな。普段はローブを脱いでいるからあんだけぷるるんが見えるのかあ。
「スイ」
「……ハッ」
俺がスイの名前を呼びかけると、やっと彼女は元の世界に戻って来たらしい。
「案外、依頼ボードの依頼を使っているハンター達はいるんだな」
「そうね。報酬は悪くないものにしているから。最初は依頼書も私たちだけだったけど、最近は商人さんとかからの依頼書も沢山あるわよ」
なら、俺たちが準備した依頼は取り下げてもいいかもしれないなあ。
明らかに他より美味し過ぎる依頼だし。
さっきの依頼なんて明らかにユウの趣味だろ! 商売を考えたら赤字だし。
素材を取って来てもらって、自分で加工して、それを取ってきた人に進呈するとか……。
ま、まあいいや。好評ならそれで……。
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