第18話 罠の設置は本気でいくぜ?

「酸っぱい! マジ酸っぱい! 水、水をおくれえええ!」


 道が完成した後、大迷宮ザ・ワンまで戻る途中、試しに満タンドリンクがどれだけ酸っぱいのか試しに飲んでみたんだ。

 予想以上。

 こいつはやべえ。なんというか、鼻を小瓶に近づけただけで口から唾液が溢れ出る。

 いざ飲んでみると……先ほどの叫びってわけだ。

 

 俺の求めにすぐに応じてくれたスイから小瓶を受け取り、急いで蓋を開け口へ運ぶ。

 

「酸っぱいいいいい! スイぃいいい!」


 中身を確認してから飲んだらよかった。彼女は満タンドリンクを俺に手渡しやがったのだ!

 

「あはは。私だって四本飲んだんだから、大丈夫よ」

「だ、大丈夫じゃねえええ。水、だから水をくれって」

「はい、どうぞ」

「酸っぱいいいいいい!」

「ソウシって思った以上に単純なお馬鹿さんなのね……」


 呆れたように肩を竦め、プイっとそっぽを向かれてしまった。

 三連続の満タンドリンク……きついったらありゃしねえ。

 

「ごくごく……ふうう」


 うん。考えてみればすぐ分かることだったよ。

 俺だってアイテムボックスがあるんだから、自分で水を用意すりゃ良かっただけのお話……。

 水を飲み干したところで、ようやくお口の中の酸っぱさが洗い流されたぜ。

 

 ◆◆◆

 

 戻ると、中央部分に当たる箇所に噴水が出来ていた!

 噴水前にはベンチもおかれていて憩いの場って感じでよいな。この発想は無かったから、ユウとアヤカに感謝感謝だよ。

 しかしだな、噴水中央に立つ彫刻が女神像じゃあなくて、ぐでえっとした妖精さんなのはどういうことだ?

 

 彫刻は短時間で制作したとは思えないほど、精巧で技巧の粋が施されている。

 トンボのような羽とけだるそうでやる気の起こらない虚脱感を表現した可愛らしい顔といい……素晴らしい出来だ。

 見ただけでこの妖精像が誰をモデルにしているのか一発で分かる。

 そう、ザ・ワンの最深部にいたヘブンズドアを開くことができる管理者「えむりん」で間違いない。

 しかし、よりによって……これに力を注ぎこまなくても……。

 

 微妙な顔で腕を組んでいたら、隣にいたスイが呟く。

 

「いいんじゃない。えむりん像で。ある意味、ザ・ワンの守護者じゃない」

「そ、そうだな。これから大迷宮に挑むハンター達のやる気をそがなきゃいいけど……」

「案外、冒険で疲れた後の癒しになるかもしれないわよ」


 そういう考え方もあるのか。 


「これでだいたい準備は整ったのかなあ」

「まだよ。宝箱をガンガン設置しなきゃね」

「あー。そうだった……」


 ひたすら宝箱を制作して中身をつめねえと。

 

 ◆◆◆

 

 そんなわけでようやくハンター達を迎え入れる準備が整った。

 俺たちはえむりん像の前に集合し、感慨深く完成した一階の様子を眺めている。


 遅れて登場した鈴木が斜に構えて自慢気に口を開く。

 

「宝箱は全て設置してきた。ちゃんと罠も付けてな……ふふふ」

「お、おい。罠を設置してきたのかよ」

「何か問題が?」

「素晴らしい!」 

 

 罠か。必要だよ。

 罠外しができるハンター達はいるはずだし、何より罠があることでハンター達はピンチに陥りやすくなる。


「ほし、どんな罠を設置したの?」

「これだ」


 一枚の紙きれが鈴木の手のひらからヒラヒラと落ちてきた。

 ささっと拾ったスイが何が書いてあるのか確かめる後ろからユウが覗き込んでいる。

 ユウさん、そ、そんなにスイの背中に張り付かなくてもいいんじゃないかなあ。

 

 この映像を……む、むふふ。

 

「はい」

「お、おう」


 ユウとスイがくんずほぐれつするところまで妄想が進んでいたのに、スイに紙きれを渡されたことで中断してしまった。

 何と間が悪い。

 俺の素敵な妄想があ。

 

「確認しないの?」


 真顔でそんなつぶらな瞳でスイに問われたら紙切れを見るしかねえじゃなないか。

 よおし、読んでやろうじゃない。ふふん。

 

 ……。

 

「え、ええ……ちょっと激し過ぎないこれ?」


 即死や大ダメージを与える罠こそないものの、毒・麻痺・睡眠ガスはもちろんのこと転移まであるじゃないか。


「十五階まででも低確率でテレポートがあるんだが……」

「低階層でも緊張感が大切だ。ククク……」


 思いっきり胸をそらして鈴木が高笑いをあげる。

 ま、いいか。

 冒険者の宿で注意喚起して、俺が案内人をする時にはちゃんと説明しよう。

 

「よおし、じゃあ、打ち上げしよう!」


 両手を振り上げ、「いやっほーい」と奇声をあげる。

 

「下ごしらえは終わっているわよお。後は仕上げだけよん」

「おお、待ってましたあ。さすがアヤカさん!」


 毎日のお料理、とてもおいしゅうございます。

 アヤカは治療院と宿の料理やらハンター向けの接客といろいろ任せる予定になっている。

 彼は「心配ないわよお」なんて言っていたけど、全部一人でこなせるのか少し心配だ。

 さりげなくサポートしていこう。

 

「いこいこーソウシくんー」

「あ、え、あたって」


 ユウが俺の左腕を掴み体重を預けてくる。

 

「スイ?」

「もう、両手に花なんてこれっきりよ」

「やったああ」

「ソウシが中心になって頑張ったから、仕方なしよ。そこのところ間違えないでね」


 スイが俺の左手を掴む。

 ツンと顔を背けているが、心なしか彼女の頬は赤い。

 このこのお、恥ずかしがっちゃってえ。

 

「何かしら?」


 キッと睨まれてしまった……。

 どうせご褒美なら一緒にお風呂とかがよかったなあ……なんて考えながら冒険者の宿「ヘブンズドア」へ向かう。

 

 ◆◆◆

 

 ――そして、現在。

 そんなこんなで、あの後俺たちは街に行き「神のお告げ」を吹聴し、噂を聞きつけたハンターや行商人達がザ・ワンを訪れるようになった。

 彼らが持ち帰った情報により、街でますます噂になって……ものの二ヶ月程で宿屋の客室が多い日なら満室になるまでに人が集まるようになったんだ。

 

 眠りこけているおっさんと痩せた青年、お姉さんを迷宮のエレベーターまで運び込み、一階へ移動する。

 エレベーターは教会こと治療院のある一室に繋がっていて、そこからはアヤカの仕事だ。

 

「アヤカさん、お任せしまっす」

「分かったわん。この子たち怪我は?」

「HPは減ってません」

「だったら起きるまでベッドに寝かせておこうかしら……それはそうとソウシくん、この素敵な髭のおじさまは?」

「おっさんのことは何も知りませんて……案内人しただけですもん」

「そう……」


 お尻をフリフリさせながら、アヤカは両脇に青年とお姉さんを抱えて部屋から出て行った。

 普通そこは後から女の子だろうと思うが、彼のことに触れてはいけない。

 彼はおっさんこそ、姫抱きして運びたいんだろうから……。

 

「よおし、今日の仕事はおしまいだ。帰るか」


 頭の後ろで腕を組み、教会を後にした。

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