第16話 はるかとおきとうげんきょう
「ひ、ひどい。あんまりだ……」
ガクリと首を落とし、檜風呂に浸かる俺なのであった。
え? 誰がいたのかって?
むっきむきのアヤカだったよ。なして女湯に入ってんだよ……。
沈んだ気持ちのまま服を着て、外に出てきたところで向こうからユウが歩いて来る。
「よお。ソウシくん。風呂上りかな?」
「うん」
「覗いちゃだめだぞお。いまからわたしが入るんだからねー」
「う、うん……」
釘を刺されてしまったけど、もう一度風呂へ入りに行くには怪し過ぎるだろ。
それに、さっきの出来事で精神的なダメージが大きすぎる俺に再度覗きに行く気力は残っていなかった。
「なーんてな。この俺様があっさりとせっかくの機会を投げ捨てるなんて思ったかあ!」
自室に帰ってベッドに転がった途端、手のひらを返したように足どり軽く風呂へ向かう。
ふんふんふん。
男湯の暖簾をくぐり、再び服を脱ぎ浴場へ。
『ソウシ殿お。そちも悪よのお』
『いやいや、おっぱいのためなら』
『ぐふふふ』
『ふふふふ』
脳内の天使と悪魔の俺がタッグを組み不適な笑い声をあげている。
目指す頂きは尊い。
手を合わせなむなむと拝んだ後、いざ桃源郷の窓口へ。
お、おお。
まだ湯船の方には来ていないようだ……足の指先だけがかろうじで確認できる……。
は、はやくうう。
しかし、鈴木よ。この位置より、シャワー近くの方が良かったんじゃないのか。
「ソウシくーん、そっちに石鹸余ってないかな?」
ドキイイイィとして、覗き穴から顔を離す。
「せ、石鹸?」
「あ、やっぱりソウシくんいたんだー。石鹸が見当たらなくて」
「予備はないのかな?」
と言いつつも石鹸が無いかこちらの洗い場を確認してみたら、三つもあるぞ。
「そうなのお。上から投げてもらえるかなー」
「え、えっと……」
残念ながら、この風呂場の仕切りは天井まで壁でふさがっているんだ。
投げて渡すことは不可能。
「あ、ごめんー。ちゃんと見てなかったよー」
「ですよー」
「あー、ソウシくん、ダメだよー」
え、バレた? バレたのか!?
心臓が早鐘を打ち、ゴクリと生唾を飲み込む……。
「え、ええっと……」
「敬語に戻ってるよー。普通に話そうって言ったじゃないー」
そ、それか。
年上だと思って、ユウには敬語を使っていたんだ。でも、彼女が敬語はやめようって言うから普通に喋っていたんだけど……。
ふう、ともあれバレていないことに胸を撫でおろす。
「お、俺、そろそろ出るね」
「じゃあ、ついでに石鹸を持ってきてもらえるかなー」
「だ、脱衣所に置く感じでいい?」
「うんー」
今日のところは覗くのを断念しよう。こんなにも壁越しに会話をしていたら、覗く隙もありゃしねえ。
石鹸を持って風呂場を後にし、服を着てから女湯の暖簾をくぐる。
「え……」
「……」
ゴシゴシと目を擦る。
パチリと目を開き、再び前を見た。
やはり、間違いない。
すっぽんぽんで胸を腕で隠したスイが完全に固まっている。
「きゃああああ! 何考えているのよ! ソウシ!」
「ご、ごめん! そんなつもりじゃ」
「そんなつもり以外でどういうつもりがあるって言うのよ!」
「ユウさんが……」
「ユウがどうしたってのよおお!」
怒られつつも、目線を外さぬ俺である。
言い訳をグダグダ述べつつも、心の中で手を合わせる。
なんまいだぶなんまいだぶ。
ありがたやあ。
「石鹸をだな……」
「と、とにかく、出て行ってええ!」
「あ、うん……」
耳まで真っ赤にしたスイに押され、女湯から外へ出て来てしまった。
「あ、石鹸……」
どうしたもんかと、佇んでいたら服を着たスイが出て来て俺から石鹸を奪い取るようにしてまた女湯に戻って行く。
その時のスイの刺すような目線といったら……。
その場で崩れ落ち、四つん這いになる俺。
しかし、茫然としていたわけじゃあなく、頭の中は先ほどのスイの肢体を思い浮かべピンク色の妄想に支配されていた。
どれくらいそうしていたか分からないけど、女湯から出てきたユウにポンと肩を叩かれ正気に戻る。
顔をあげると風呂上りでほんのりと頬をピンク色に染めたユウの顔が目に入った。
「ごめんねー。脱衣所と風呂場の間にある扉が閉まってて」
「そういうことかあ」
鈴木はどこもかしこも無駄に豪華に作るものだから、扉の一つ一つも巨木を切り出した重厚なものだったんだ。
壁も同じ作りとなっていて静粛性も抜群である。
故に隣の部屋で多少の足音を立てても全く気が付かない。
それが今回の幸運な……いや不幸にも俺とスイが鉢合わせになる事件の原因となったのだ!
この後、風呂扉がすりガラスを使ったものに取り換えられることになる……。
ついでに壁も見直しが図られ、頼んでもいないのに鈴木が覗き穴まで閉じてしまったのだった……。
さらば栄光の覗き穴よ。
俺は涙ながらに敬礼をするのだった。もちろん、自室で誰もいない時にな。
◆◆◆
――翌朝。
俺たちはそろってリビングに集まり、アヤカの手料理である朝食をもぐもぐと食べていた。
昨晩以来、スイが俺と目を合わせてくれない……。
あれは事故じゃないか。
「スイ」
「何かしら?」
スイはツンとしたままそっぽを向き、そのままの姿勢で器用に食パンを小さな口に含む。
「あー。後は何を作らなきゃだったっけ?」
「残すは焼却所くらいだな」
空気を読めない鈴木が割って入って来た。
俺がスイと会話するためのフリだってわかるだろ!
しかし、彼に憤っても仕方ない。
「ゴミの処分は確かに必須なんだけど、もう一つ考えてることがあるんだよ」
「へえ、何かしら? 私も別件で考えていることがあるわ」
スイがこちらに振り向いてくれてホッと胸を撫でおろす。
「じゃあ、先に俺からでいいかな」
「うん」
ぎこちない笑みを浮かべると、彼女も「しょうがないわね」と言った感じで口元に僅かな笑みを浮かべてくれた。
「大迷宮を俺たちの『庭』にしたのはいいんだけど、俺たちは一階で働いているフリをするわけだよな」
「そうね」
「どうしてここに来て、建物まで準備したのかって理由付けが欲しいと思わないか?」
「私もそこはどうすべきか考えていたわ」
スイが形のいい眉をひそめ、顎に手をやる。
正直、俺たちが大迷宮に目をつけ働き始めましたって理由をちゃんと理論だてて説明することは不可能だ。
ありのままをぶっちゃける以外にはね。
しかし、全てを吹き飛ばすネタがある。
「神のお告げにしないか?」
「うまいこと考えたわね。悪くない手だわ。『お告げ』にすれば宝箱が湧き出て来たり……なんて情報もハンターに提供することができるわね」
「おう!」
この世界ではまだまだ目に見えない神の御業って手は信ずるに値する事象なのだ。
神の言うことなら、何でも盲目的に信じる人がいても不思議じゃないと思ってもらえる。
「それなら、ご神体が必要であろう?」
斜に構えた鈴木が気障ったらしく人差し指と中指を立て軽く振るう。
「ご神体かー。どんなのかいいんだろー」
ユウがぽやーっと小首をかしげた。
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