第15話 仕込みはおっけー

 中に入ると左手は客席スペースで右手に横幅が三メートルほどある木製の掲示板が二つ縦に並んでいた。

 掲示板の奥には受付カウンターがあって、俺たちのうち誰か一人がここでハンター達の対応をする予定だ。

 

 中央奥には上に登る階段があって、上にいくと宿屋の客室スペースになっている。宿に泊まる人は受付カウンターにどうぞってわけだな。

 えっと、スイはどこだ。

 

 キョロキョロと店内を見渡すと、左手奥のキッチンのところでスイの姿を発見する。

 彼女は後ろにある身の丈ほどの高さがある金属製の箱を開き、手のひらほどの大きさがあるサファイアを中に置く。

 サファイアは淡い青の光を放っており、見るからに普通の宝石と異なることが分かる。

 

「それ、魔道具?」

「うん。冷却の魔道具よ。キッチンには高熱が出る魔道具を取りつけ済みよ。IHクッキングヒーター感覚で使えるわ」

「すげえええ。単なる雰囲気作りのネタだった魔道具が……まさかこんなことになるなんてな」

「私も驚いているわよ。次はトイレに行きましょ」

「おう」


 持っててよかったマジックエンチャント。もとい魔道具作成スキル。

 これはゲーム内では単なる生活感を出す為だけのネタスキルだったんだけど、いざ生活するとなればとんでもなく役に立つ。

 水道、トイレ、風呂、キッチンから冷蔵庫……果てはライトまで何でも魔道具を利用することで作ることができちゃうんだ。

 素晴らしい。

 

 トイレに浄化の魔道具を取り付けた後、冒険者の宿「ヘブンズドア」を後にする。


「今日は一旦自室に帰るかなー」


 外に出たところで、大きく伸びをしてスイに顔を向けた。

 

「じゃあ、私も一旦休憩しようかしら。汗もかいちゃったから体を洗いたいし」

「俺も後から行くよ」

「うん。ってどさくさに紛れて……えっちなことを」


 しれっと言ったんだけど、目ざとく嗅ぎつけられてしまったか。

 まだ風呂ができていないから、俺たちは水浴びをするためにわざわざ十五階層にある池のほとりまで体を洗いに行っているんだ。

 誰にも覗かれないように順番に行くことにしている。

 モンスターが来たら危ないだろうって? だから護衛が必要だ!

 うん、その理屈は正しい。

 だけどさ、池があるところは近くに噴水がある。

 つまりだな、「セーフティエリア」なんだよ。十五階のセーフティエリアは池のほとりだから、安心して体を清めることができるってわけなのだ。

 残念ながら、一緒についていって護衛をするフリをしてむふふんなんてことはできない。


「全く、何を考えているんだか。それはそうと、ソウシ」

「ん?」

「宿屋の名前、素敵よね」

「お、おお。俺たちの目的と一緒にしたんだよ。名前を見るたびに目標を思い出せるっていうか」

「そうよね。来た人にとってもここが天国のような場所になってくれると嬉しいわ」

「おう!」


 顔を見合わせ、笑顔でニヤリと頷き合う。

 その時、俺とスイの立つ位置のちょうど中間のところに人型の影が浮き上がって来た。

 

「鈴木、どうした?」

「完成したぞ。依頼の大浴場と我らの浴場もな」

「お、おお。見に行ってもいいか?」

「好きにするがいい。スイから預かった魔道具も設置済みだ。いつでも湯あみができるぞ」

「いやっほー。風呂に入れるうー」

「私も見に行くわ」

 

 まずはハンター用の大浴場に向かう。

 ここは……鈴木のセンスが存分に生かされたゴージャスなモノだった。

 奴曰く、一応文明レベルを考えてサウナにしたらしいんだけど、サウナの隣にシャワーがあるから全て台無しだ。

 浴場施設そのものも、大理石の床にギリシャ彫刻風の彫像がでーんと何体も並んでいて圧倒される。

 これ……下手すりゃ神殿だと思われて利用されないんじゃねえのか……。ま、まあいい。ちゃんと説明すれば使ってくれるだろう。


 一抹の不安を抱えながらも、スイと共に俺たちの家へ戻って来た。

 俺たちの家は木造二階建で凝った作りはしていない。機能性重視といえば聞こえはいいけど、一番最初に作ったから……まあ、お察しというわけだ。

 それでも、住むには充分以上の作りをしているんだぜ。

 一階部分は共用スペースで、広いリビングとカウンターキッチン、トイレ、倉庫がある。

 二階は五部屋あり、それぞれの自室だ。

 

 家の前まで来たところですぐにこれまでと様子が異なることが分かる。明らかに増築されていることが見て取れるからだ。

 リビングを抜け、倉庫の隣に出来た廊下を進むと引き戸の上に「女湯」「男湯」とかかれた暖簾がかかっていた。

 ほう。これが風呂か。

 

「期待できそうだ」

「そうね」


 ワクワクしながら「男湯」の暖簾をくぐると、脱衣所のようで棚に三つ籠が置かれている。

 俺と鈴木とアヤカの分だな。うん。


 さあ、いよいよ浴場だ。


「うお」


 思わず驚きから声が出た。

 浴槽が檜風呂だったんだもの。それも、五人くらいで入っても充分な広さがあるゆったりとした造りをしていたのだから。

 加えて、檜の筒からあふれ出るかけっぱなしの湯が無駄に豪華だった。

 どこから見つけ出してきたのか……いや、鈴木なら世界中を旅して素材を集めることができるからな。何が出て来ても不思議じゃあない。


「すごい。ほし!」

「我にかかればこんなものだ。男湯と女湯で分けているから好きにすればいい」


 いつの間に沸きやがった鈴木! 声だけが先に聞こえたもんだから、ビックリしたぞ……。

 しかし、鈴木など無視して両手を合わせ感動するスイをにへえと見ていたら、彼に肩を掴まれ引き寄せられる。

 少し膝を落とした俺に、彼が俺の耳元で囁く。

 

「駄熊。お前の依頼通り、仕事はこなした」

「お、おお!」

「我とてたまには友人の為に労を割くのだよ。ありがたがれ」

「ありがとう。やったぜ」


 にひひと口元が緩む。

 風呂といえば、やっぱこれがないとな。やるじゃねえか。鈴木。

 

「どうしたの? 二人とも」

「あ、いや。男ならではの話をだな」

「ふーん、まあいいわ。一旦、部屋に帰るわね」

「おう、俺も戻る」


 ちょうど家まで帰って来たし、少し部屋で休むことにしよう。

 自室はベッドと小さな机と椅子だけといういたってシンプルな物しか置いていない。

 備え付けのクローゼットがあるにはあるけど、アイテムボックスがあるから必要ないしさ。

 

 部屋に入りゴロリとベッドに寝転がると、急速に眠気が襲ってきた。

 ……。

 ……ハッ! しまった。

 寝てしまったじゃないか。

 

 せっかくのチャンスをおお。

 いや、まだだ。ひょっとしたらまだ風呂場にいるかもしれない。

 

 急いで階段を降り、脱衣所で服を脱ぎ風呂場へ入る。

 ちょうどその時、女湯の方の扉が開く音が聞こえてきた。音から判断するに脱衣所の扉だな。

 

 よ、よおっし。間に合ったようだな。

 女湯と男湯を仕切る木の壁へペタリと片手を張り付け、注意深く木目を探っていく。

 星マーク、星マーク。

 お、あった。

 素晴らしい。膝をついてかぶりついたらちょうど目線が来る位置にあるじゃないか。

 

 確か星マークにそって左から円を描くように指を這わせるんだったな……。


「お、おお」


 見える。見えますぞ。

 見える範囲は小さな穴に過ぎないんだけど、バッチリだ。魔法的なのぞき穴だから、向こう側からは壁に穴が開いているようには見えない。

 職人鈴木へ感謝を捧げ、両手を合わせて拝んだ後に、再度のぞき穴へかぶりつく。

 

 ――ガラリ。

 いよいよ女湯の風呂場へ続く扉が開く音が聞こえてくる。

 ドキドキしながら、覗きこむ――。

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