第14話 くまああ(できたー)
こじんまりとした長い三角屋根の可愛らしい館なんだけど、素材がやべえよ。
どこから持ってきたのか不明だけど、なんと全ての壁が黒水晶でできているんだ。大きな窓が一つあるけど、ガラスの代わりに透明クリスタルを使っているようだな。
コンコンと窓を叩くと、鈍い音が返ってくる。
入り口は古木を切り出した雰囲気抜群の扉で、取っ手にはルビーが使われていた。
扉の上にはアンティーク調の黒い鈴、扉の右隣りには端がくるんと回転している意匠を凝らした看板が設置してある。
えー、どれどれ。
『スイの魔法研究所』
ふむ。
そそくさとアイテムボックスからサインペン(油性・黒)を取り出し、きゅぽっと蓋を外す。
魔法研究所に横線を引っ張って、道具屋と書いておいた。
「ふう……」
カランコロン――。
その時、扉が開き心地よい鈴の音が響く。
「ちょっと! 何しているのよ!」
中から店主のスイが顔を出す。
きさま、俺の落書きを見ておったな……。
「あ、いや。看板をだな」
「きゃー。せっかく頑張って文字の柄まで考えたのに!」
「研究所って……入りたくなくなるってば」
「そ、そうかしら」
自らの失敗に気が付いたのか、スイは頬を赤くして店の中へ引っ込んで行った。
ぽつんと取り残された俺はどうしたものかと顎に手を当てその場でしばし考える。
……。
入ろ。
扉を開け、中に入るとカウンターに肘を置いて頬杖をついたスイが目だけこちらに向けた。
「ど、どうした?」
「来ないから……」
「な、なんかすまん」
あせあせしつつも、周囲を見渡してみたら、なるほど。これは人に見せたくなるわけだ。
店内は天井こそ高いが、中は狭い。黒水晶製のカウンターの奥はだいたい三畳ほどで、お店スペースは六畳ほどだろうか。
壁に張り付くように頭の上当たりの高さがある棚が取り付けられていて、棚は下から数えて六段ある。
整然とアイテムの種類ごとに並べられていて、カウンターに向かって左側は回復系のポーションで右側は様々なアイテム類ってところか。
スイの持つ生産スキルは錬金術と言われる調合スキルと道具作成スキルである細工。そして、異世界に来てから超重要スキルとなったマジックエンチャントかな。
紫色のレースを棚の下とカウンターに敷いていて、天井から吊り下がる意匠を凝らした魔女風シャンデリアが店内の雰囲気作りに役立っている。
全体的に紫と黒で統一された感じかな?
「よく作ったな……たった二日で」
「でしょー。ソウシはどうなの?」
「俺も出来上がったぞ。つってもギルドハウスを真似ただけだけど」
「あれでいいんじゃない?」
「あ、もっと拡大して宿屋やらも併設しちゃおうかなと思ってさ」
「いいかも。手伝うわ」
「ここはもう大丈夫なの?」
「任せて。結構苦労したけど、完璧よ。さすが私!」
スイは鼻息荒く両手に握りこぶしをつくる。ぐぐっと腕に力を込めると共に少しだけ彼女の体が前のめりに折れた。
そうなると、見下ろす形の俺からは……上半身の動きから彼女の髪の毛も揺れて、鎖骨がチラリと見え妙に艶めかしく感じてしまった。
残念ながら、それ以上先は見えなかったけど。
彼女は普段からあまり色気が……い、いや何でもない。
でもたまにドキリとする仕草をするんだよなあ。
「どうしたの?」
やべえ、ちらちらを見ていたことに気が付かれたか!
「あ、いや……谷間」
しまった! 墓穴を掘った。
「谷間?」
「何でもない。気のせいだ。全て忘れてくれ」
顔を逸らし口笛を吹く仕草をし、踵を返す。
「……ソウシ」
「見てない。俺は何も見てない。そもそも見えない」
ぺったんこなのに谷間なんて見えるわけないじゃねえか。首元から見える鎖骨を見ていただけだ。
俺に罪はない。
しかし、この言い訳は逆効果だった。
さーーっと血の気が引いたスイがゆらりと立ち上がり、俺を指さす。
「正座」
「ひゃい」
この後三十分ほど、コンコンとお叱りを受けた……。
◆◆◆
「ほら、キリキリと歩く!」
「へい……」
スイに手を引かれ、俺の制作しているレストランへ向かう。
足どり重く歩いていたら、白い屋根の立派な教会が目に入る。
あの教会はステンドグラスが美しく、建物の高さも一階層の天井付近まであるから作るのが大変だっただろうなあ。
一階層の天井までは高さが凡そ二十五メートルとなかなか高いんだ。四階建てくらいの建物なら余裕でいける。
「スイ、あれ」
「あれはアヤカが作った治療所ね」
「あれが治療所……」
「『回復といえば教会よね』て言っていたけど?」
後で見に行こうかな。アヤカがいない時にでも……ね。
俺の勝手なイメージだけど、教会って死亡した時に復活させる施設のように思えるんだよな。
ま、まあ見た目より治療を行うことが大事なんだ。うん。それぞれの建物は製作者のセンスに任せているし、あれはあれでよいんだ。
◆◆◆
制作中のレストランに到着する。
レストランは自然木の雰囲気を生かしたロッジ風にしていたんだけど、大改装するつもりだ。
冒険者の宿風にしてしまおうと思っている。
なあに、俺のパワーとスイの指示があればすぐ完成するさ。
材料は階層の隅っこのほうに山積みしているからな。
「じゃあ、シロクマにトランスするから指示を頼む」
「分かったわ。デザインと設計は任せて」
スイと拳を突き合わせた後、シロクマに変身した。
作業中……。
作業継続中…………。
ぽくぽくちーん。
「くまああああ!(できたああ)」
万歳のポーズをして、完成した建物を満足気に眺める。
こんな短時間でここまで建築できてしまうとは……スイの指示が的確だったんだろうなあ。
感動しつつ、人間形態に戻る。
目の前にはレストランもとい、冒険者の宿「ヘブンズドア」がででーんと建っていた。
自然木を生かした作りはそのままに、丸太を多用したログハウス調から板張りのどっしりとした作りへと姿を変えたんだ。
一階部分は酒場兼レストランと冒険者の為の相談所などの施設を揃えた。二階部分は宿になっていて、なんと全部で二十部屋もある。
部屋にはシャワールームがないけれど、トイレは完備しているんだ。
この後、スイにトイレの整備をしてもわらないと……。
うむうむと頷いていたら後ろから鈴の鳴るような声が。
「あ、あなたのパワー……規格外過ぎるわ……」
振り向くと、スイはスイで腕を組み呆れたように口元をヒクヒクとさせている姿が見えた。
「俺の場合、物理極振りだからなあ……こんなことになるなら生産スキルの一つでも持っておけばよかった」
「大丈夫よ! あなたは動くだけで。わ、わ……」
「わ?」
「もう、私がいるから心配しなくてもいいでしょ。あなたと二人で建物を作ると私一人より三倍ははやいわ」
プンと顔をそらし顎を上へあげるスイ。
回り込んで彼女と顔を合わせにいったら、真っ赤になってまたしても顔を逸らされた。
可愛いところあるじゃないか。ははは。
「もう!」
調子に乗ってやり過ぎたようだ……。ツンツンしながら冒険者の宿の中に消えていってしまったよ。
さて、繰り返しになるが完成した建物は、レストランから冒険者の宿「ヘブンズドア」へ名前を変えた。
名前に相応しい施設も兼ね揃えているのだああ。
俺も中に入ろうっと。
内装がまだ完成していないからな。
鼻歌を歌いながら冒険者の宿の扉をくぐる俺であった。
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