海に窒息――人魚の手紙
○
「丁寧なお手紙をありがとうございました。私はこれまで友人と手紙の交換をしたことがほとんど無く、このような堅苦しい文しか書くことが出来ません。どうかご寛恕ください。
正直に申し上げます。貴女の手紙を最初に読んだ時、私は困惑しました。戸惑いながらひとまず最後まで目を通し、もう一度頭から一字一句熟読し、翌日にまた読み直して三度目でようやく得心しました。
貴女は不思議な人ですね。声をかけるのを躊躇うくらい奥手でありながら、直接手紙を手渡すほどに積極的で、遠くから眺めているだけで満足だというくらい慎ましやかでありながら、私がいつも一人でいることをおもんばかるくらい世話焼きで……
この矛盾のようなものが私の理解を阻みました。しかし貴女の心の中でこれらは決して対立するものではないのですね。その証にそれらを繋ぐものを、貴女は手紙の中に書いておられました。
『これからこの手紙を、精一杯の勇気を振り絞って渡そうと思います。』
思い上がっているようでお恥ずかしいのですが、きっと貴女は私に手紙を渡すまでにたくさんの葛藤や躊躇や臆病を、勇気で乗り越え、あの時を迎えたのだと思います。汗で湿って少ししわになった便箋が、貴女の緊張を雄弁に物語っていました。
そんな貴女の気持ちが込められたお手紙に何とお返事を書けばいいかわからず、こんなにも時間を頂戴してしまいました。どうかお許しください。
既にご存知のことと思いますが、私はいつも一人でおります。私は口が利けませんが、耳は普通の人と同じくよく聞こえます。だから貴女から話しかけてくださるととても嬉しく思います。
貴女ほどの勇気を持つことは出来ないかもしれませんが、この手紙をこれから届けたいと思います。
千代紙の貴女へ
人魚より」
――最初にお姉様が下さった手紙。お姉様とはたくさんの手紙を送り合ったけれども、この手紙ほど嬉しく、そして恥ずかしかったものはない。一度目は嬉しさで舞い上がって、お姉様の手が紡いだ文字を眺めるだけで幸せだった。少し経ってから読み直して、あまりに恥ずかしさにそれからしばらく開くことが出来なかった。その次に開いたのは彼女が亡くなった後だった。所々に残ってしまったシミは、その時に落とした涙。
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