花に毒薬――レインリリー


 小学生の頃、自分の名前が嫌いだった。

 玉簾タマスダレ珠琉タマル

 かの玉簾グループの創業一族といえば、古くは華族の流れを汲む、政財界で知らない人はいないと言われるほどの名家だ。私はその家の一人娘として生まれた。

 ここまで読んだだけでも、私が何を話したいのか察しの良い方ならきっとお分かりになるだろう。いわゆる名家に生まれた子供がその家に対してどのような感情を抱くか。親の教育にもよるだろうが、極端な二例を挙げれば笠に着るか反発するか。私は後者だった。

 誰も私を見ていない気がした。私に会う人間誰もが、身長一三〇センチの小さな子供ではなく、その背後にそびえる「玉簾」という名の城を見上げているような気がした。

 父も母も、城の主としてあるべき姿・教養を私に教え込んだ。経営者として、君臨する者として、父母は誰からも尊敬される人物だった。私も今では父母を尊敬しているし、この頃から父母の言うことは絶対的に正しいのだと信じていたが、同時にそんな父母のことが嫌いでもあった。反抗期というよりも、拗ねていたのだと思う。父母は家の中でも外でも厳格だった。親である前に玉簾家の当主であり、私はその子供であると同時に、次代の玉簾家を背負うべき跡取りだった。そこには一般的な家庭で見られる親と子の触れ合いが入り込む余地はなかった。私は普通の親の愛情が欲しかった。

 そのひねくれた性格のせいか、小学校に入っても私は友達を作ろうとしなかった。このままではコミュニケーション能力に欠けると心配した親がとった行動は、会社の部下や取引相手の子供を友達として娘にあてがうことだった。

 狼河ロウガるうもその中の一人だった。

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