第14話 曜日別店長の経営権をママ友6人のシェアで起業

「では、第1回経営会議の本題に入ります。本題は私から皆さんへの提案です。提案は2つあります。開業初期費用と資金繰りを楽にする2つの方法。皆さんの自由度と責任感を高めつつ、集客も上げる方法。この2つも先ほど話したように、それぞれが密接に関係しているので、2つを同時に関係させながら説明します。

 本日の冒頭、私は、NPO代表理事に就任する予定の山口亮です、と話しました。しかし、その後は私のことを皆さん、社長、と呼んでいました。ここで法人格の話をします。法人格が株式会社という企業の場合、代表者の称号は、社長です。会社で最も長けた人、という意味です。皆さんは社員です。一方、法人格がNPOの場合、代表者の称号は、代表理事です。皆さん全員も、理事になって頂きます。代表理事は理事の中で、代表を担う、という意味です。私たちが立ち上げる子育てカフェの法人格は、NPO、にしたい。

 NPOとは、No Profit Organizationの略称で、非営利で社会貢献活動を行う団体という意味です。私たちが立ち上げる子育てカフェの法人格を、株式会社ではなく、NPOにしたい理由は主に2つあります。

 第一の理由は、私たちが立ち上げる子育てカフェは現時点では利益を多くは出せない可能性が高い。私たちが利益を出しにくい理由も主に2つあります。まず、豊洲地域は貸店舗の家賃が高いこと。次に、飲食店で利益が出る時間帯は、お酒を扱う夜です。しかし、子育てカフェという業態と、皆さんが子育て中のママという状況を考えると、夜は営業しない、ですよね。

 第二の理由は、利益が出にくいなら、資金繰りを楽にする方法が必要です。資金繰りを楽にする方法の一つ、役所の補助金はNPOの方が獲得しやすい。非営利で社会貢献活動を行うNPOを役所は支援する責務があるからです。ここまでで質問ありますか?」


 愛子さんが手を挙げて「役所の補助金は、幾らくらい貰えるんですか?」と聞く。


「東京都の創業助成金を狙っています。2年間で最大300万円を貰えます。皆さんが出す開業初期費用と同じ金額だから、魅力的ですよね。ただし、使った経費の2/3以下という条件なので、300万円を貰うには、450万円以上を経費で使うことになります。

 皆さんに注意してほしいのは、貰える金額よりも、貰える時期と申請する時期の制約です。役所の補助金は多くが、1年間に使った経費が適正か調べた上で、年度末の3月終わりに支給されます。今、10月の第二週ですが、来年度の補助金を貰う申請の締め切りは今月末です」


 ママ友みんなが「えー」と驚く。

「時間が無くて、驚きますよね。あと2週間強で全てを決める必要があります。だから今日は初めての経営会議ですが、2週間後には計画の全てを決める意思をもってください。皆さん、よろしいですね?」


 私がそう言うと、愛子さんが「わかりました。話を進めてください」と答える。私は話を続ける。


「東京都の創業助成金は最大300万円を貰える魅力的な制度です。だから、申請者は多く、私たちが時期を間に合わせて、今月中に申請しても、認可されるとは限らない。むしろ、落選する可能性の方が高い。そこで先ほど話したように、非営利で社会貢献活動を行うことで認可を狙います。でも、他の創業希望者も考えることは同じ。だから、非営利に加えて、もう一つも二つも、社会貢献性を加味したい。

 そこで私が提案するのが、曜日別店長の経営権をママ友6人のシェアで起業、する方法です。これは、皆さんの自由度と責任感を高めつつ集客も上げる方法でもあります」


「曜日別店長の経営権をママ友6人のシェアで起業、ですか? 言葉から幾つかのシステムを組み合わせた感じがします」と、香織さんが分析してみせる。


「香織さん、さすがですね。まず、核となるシステムは6人で、曜日別の店長を割りあてます。6人は曜日別店長の経営権を、額面50万円で購入・取得します。この合計300万円を開業初期費用準備金にします。6人なので週6日の店長を決めます。残り1日は休業日にしても良し。新しい参加希望者が店長の見習いとして挑戦できる日にしても良し。皆さん6人は今、やる気が高いですが、女性ゆえに出産やご主人の転勤などの理由で、曜日別店長の経営権を他の人へ売却したい、という可能性があります。これを考慮して、店長の見習い制度で、次の店長候補を育てておくと良いですね。次のシステムは皆さん全員が週2回、アシスタントとして店で働くことです。皆さん働くのは週3日が理想、と由美から聞いています。この二つのシステムを掛け合わせると全員が1週間のうち、店長として1日、アシスタントとして2日、週3日の勤務になります。シフトは6人を、週の前半組3人と週の後半組3人に分けると、皆が3日連続で働いた後、4日間フリーの時間を得ることができます。このシステムのコンセプトを一言で要約すると、次のようになります」


 私が一呼吸おいて、コンセプトを話そうとしたら、由美が先にコンセプトを語り始めた。


「働きたいけど働けない子育て中のママに、子どもと一緒に働く方法と、居心地の良い居場所、の両方を創造する。そんな素敵な店がある地域に住みたいね」


 私は自分が発案したコンセプトを、由美が一字一句違わず復唱してくれたことに喜びつつ「あちゃー、いちばん格好いいセリフを取られたー」と、地団駄を踏んで、悔しがってみせる。


「あらー、素敵ねー。コンセプトも。夫婦愛も」と、雅恵さんが、また先ほどと同じような夫婦関係の良さにツッコミを入れる。経営会議の場は、笑いの渦に包まれた。


「皆さん、このシステムとコンセプトで、よろしいですか?」と、私が皆へ聞く。異議なし、という答えを予想していたが、洋子さんが手を挙げて「異議ではないんですけど、質問があります」という。私は洋子さんへ発言を促す。


「曜日別店長の経営権50万円は返却されますか? 代表理事さんのお話ですと、次の店長が育成される、という条件さえ整えば、50万円は返却してもらえるように聞こえました」


 私は洋子さんが、返却と売却を混同していることに気がつき、違いを説明し始める。

「私は、返却ではなく、売却という言葉を使いました。曜日別店長の経営権は、ゴルフ場の会員権と同じです。企業の株式とも同じです。皆さんは当初、額面50万円の権利を購入・取得します。この権利はいつでも他人に、売却することができます。売却価格は、売り主と買主の間で自由に決めることができます。他の理事は関与しません。でも、女性ゆえに出産やご主人の転勤などの理由で売却したい万が一のときに備えて、私たちは次の買い主を、つまり次の店長候補を育てておくと良い、と私は提案しています。皆さん、このシステムとコンセプトで、よろしいですか?」と再度、私は皆へ聞いてみる。


 洋子さんをはじめ皆が「異議なし」と元気よく答えてくれた。

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