第13話 女性だけで起業へ経営会議~カフェが儲かる理由

 由美と私が起業の話をした週末の土曜日、由美のママ友5人が、それぞれ子どもを連れて、山口家に参集した。子どもたちが楽しそうに遊び、我が子の楽しそうな表情に目を細めるママさんたちを見ていると、経営会議という雰囲気ではなく、私たちが起業しようとしている「子育てカフェ」の店内という感じがする。私はこの雰囲気を、新米経営者のママ友6人が体感しながら経営会議を進めたくて、参集時間はカフェに顧客が多く来店する午後3時に設定していた。私のこの意図を、ママ友6人は今、体感して分かっている、と自信をもって、経営会議を始めた。


「皆さん、こんにちは。新米のNPO代表理事に就任する予定の山口亮です。皆さん、今すごく楽しいですよね?」


「うん、とっても。すーごく楽しい」と、洋子さんが返事の口火を切ると、子どもたちが洋子さんの言葉を真似して「たのしー」と、踊りながら連呼してくれる。

 いつも冷静で由美の親友である香織さんが息子の勉くんが踊っていないことを気にかけたようだ。香織さんは勉くんを笑顔で見つめて「ねー、楽しいねー。ほら、みんな踊っているよ」と言う。すると、勉くんも他の子どもと同じ振りで踊り出す。

 私も勉くんの真似をして、小躍りしながら「うん、楽しいねー」と言うと、ママさんたちが、どっと笑いだす。


「場が和んだところで、経営者になるママ友6人による第1回の経営会議を始めます。今日は私から、さまざまな提案があります。開業初期費用と資金繰りを楽にする2つの方法。皆さんの自由度と責任感を高めつつ、集客も上げる方法。どちらから話しましょうか?」


 私の発言に、清美さんが挙手しながら「その前に質問いいですか?」という。私が、質問を促すと、清美さんは他のママ友たちの表情を伺いながら、話し始める。


「由美ちゃんからの宿題3点のうち、お金の話は、それくらいは必要だよね、と皆が納得しました。でも、他の2つがよく分かりません。なぜカフェなら儲かるか? なぜ顧客を絞る必要があるのか? 特に、顧客を絞る必要が分かりません。私は、逆だと思うんですよ。誰もが集まる店にしたい。その方が儲かるかな、って」

 

 私は「誰もが集まる店にしたい」という質問に落胆した。なぜなら、子育てカフェの店内のような雰囲気を、ママさんたちは体感しているはず、という自信を裏切られたからである。私はこの意図から説明することにする。


「2つの質問は密接に関係しているので、2つを同時に関係させながら説明します。経営は、この2つの関係のように、それぞれの経営課題は密接に関係します。これから経営者になる皆さんは、この経営の基本を意識しながら今から私の話を聞いてください。

 まず、顧客を絞る必要性を話します。私は今日、開口一番、皆さん、今すごく楽しいですよね? と聞きました。 すると皆さんは異口同音に、楽しい、と答えてくれました。では、なぜ楽しいのでしょうか? 皆さんが顔見知りという状況の作用でもありますが、皆さん全員が子育てママとその子ども、という同じ顧客です。同じ顧客層に絞られているから、楽しいのです。もし、静けさを好むカップルや高齢者がこの空間に同居していたら、皆さんは彼らに気をつかい、楽しめないですよね? 我が子に、静かにしなさい、と言ったり、そのようなポーズをとるでしょう。すると、子どもたちだって、楽しくない。踊ることを、子どもが遠慮してしまう。だから、顧客層を子育て世代に絞り、子どもたちが先ほどのように、踊るほど楽しい店を創りましょう!」


 愛子さんが「賛成。今の説明、すごくよく分かりました。さすが、亮さん」と言いながら拍手すると、皆が拍手してくれる。私は話を続ける。


「拍手、ありがとうございます。次に、カフェが儲かる理由です。カフェが儲かる理由は、食材原価率で説明できます。食材原価率とは、販売価格に対して、仕入れる食材価格の比率を言います。食材原価率は料理の場合、30%が平均値です。経営者側にとっては30%より下げて利益を高めたいが、30%より下げると、顧客側はコスパが悪い。結果、集客が落ちていく。逆に、30%より上げると、顧客側はコスパが良いので、集客も良くなる。しかし、店の利益は低い。しかも、集客は良いので、店側は多忙を極め「貧乏暇なしのブラック企業」と化してしまう。

 一方、料理ではなく、コーヒーの食材原価は1杯たった30~35円が相場です。コンビニで売られているコーヒーは100円位なので、やはり食材原価率は30%位に設定されている。

 しかし、カフェは店の雰囲気や利用方法に価値を付加すると、食材原価は1杯30~35円のコーヒーを、500円前後で売ることができる。一流ホテルのカフェは、食材原価は1杯30~35円のコーヒーに、1000円という高い価格に設定をしても、顧客は集まります。この成功要因は子育てカフェとは逆で、静かで高級な雰囲気づくりにあります。

 子育てカフェも経営の工夫次第で、顧客に多くの価値を提供できます。例えば、子ども連れでは入店しにくいカフェが少なくない中、子どもを連れて入店できる。子どもが集まる店ゆえに、子どもは遊び相手に困らない。踊るほど、楽しんでくれます。ママも同じ立場の子育てママが集まる店ゆえ、話し相手がいる上、子育ての悩みや解決策を共有することができます。これだけの場所づくりをすれば、500円以上という価格設定でも顧客は納得・満足してくれます。さらに、子どもの教育に良い音楽や木育おもちゃに触れるプログラム等を開催すれば、プログラム参加料も徴収できます。こうした居場所づくりと、プログラムづくりは、皆さん6人は得意中の得意分野ですよね。皆さんは、新米の経営者ですが、顧客を子育て世代に絞るカフェ経営であれば、皆さんの強味を発揮できて、成功できます。しかも、楽しみながら幸せを掴むことができます」


 雅恵さんが拍手しながら「亮さんは説明も上手で分かりやすいけど、私たち女性を楽しませたり、自信をもたせる才能もすごいのね。おまけに、子どもと一緒に踊れる、気取りのない明るさもあるし。最高の社長です。由美ちゃん、こんな素敵な旦那さんがいて、羨ましいわ」と、褒めてくれる。


 雅恵さんは、たぶん今日まだ発言していない由美へ発言を促してくれたのだろう。ママ友みんなの視線が由美へ注がれる。私も、褒めてくれるか、のろけることを期待して、由美を見つめる。


「えー、みんな私が、のろけるとでも思っているの? 残念でした。でも、社長。あなたの人間性と才能に感服いたしました。私は社長に付いていきます。壁にぶつかっても逃げずに頑張ります。みんなー、それでもいいかな?」


 5人のママ友が「いいとも」と、私の経営方針に同意してくれた。

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