　今日、私と由美の会話を、朝の家を出る前と、夜の帰宅した後と、と比較すれば、どちらかがツッコミを入れる、という点では同じだ。しかし、朝の会話では、夫婦2人の間に気遣いや理念が共有されていない。ツッコミは相手へ一方的な否定的な粗探しになりがち。

　一方、夜の会話は2人の間に、気遣いや理念が共有されている。気遣いに感謝しあい、理念を面白がる。その共感の関係に成り立つツッコミを入れあう行為は、生産的で楽しい。私たち2人は、すごく楽しい雰囲気だった。しかし、飲食店の開票に必要な、お金の話を私が始めると、由美は一気に落胆する。

「さっき、店を立ち上げる、経営するって実践の具体的な話になると、女だけ、ママだけでは無理だよねって結論で話が終わる、と言ったよね。それって主に、飲食店の開票に必要な、お金の話、のことでしょ？」と私が聞く。

「うん、豊洲でお店を借りようとすると、家賃は幾ら位するか、調べてみたの。お店の家賃は最低でも20万円。しかも、お店の面積が狭すぎる。面積が少し広いお店になると、30万円を超えるの」

　私はスマホで検索した「飲食店の初期費用を徹底解説」というサイトを由美に見せながら、ツッコミをいれる。

「お金の話って、家賃だけではないよ。内装工事、外装工事、厨房機器、食器やテーブル椅子など備品。物件は居抜きを選ぶ、業態は投資対効果が高いカフェを選ぶ、等の工夫をすれば、これらの費用をかなり節約できる。その場合でも、開業の初期費用は、最低でも、300万円。物件や業態に自分たちの理想を追求すれば、1000万円前後かかる、と、このサイトに書いてある。最低でも300万円って、よく聞く話だから、概ね正しい数字だと思うよ」

「さ、300万円？　最低でも300万円？」と、由美は目を丸くして驚いている。

「開業の初期費用が最低でも、300万円と聞いて、驚くようでは、先が思いやられるな。お店を立ち上げたいママ友は何人いるの？　つまり、300万円を分担して出資できる共同経営者は何人？」

「今のところ、6人。ママ友6人で分担しても、ひとり50万円の負担かー。最初に50万円を投資が必要といったら、抜ける人が出るかもしれない」

「友達の共同経営って、こうした小さな壁にぶつかると、すぐ頓挫して失敗するんだ。ふだん非常に仲がいい親友どうしだって、小さな壁にぶつかると、すぐ頓挫するよ」

「ねえ、開業の初期費用を減らす方法は無いの？　まず、さっき亮が言った、居抜きって何？」

「居抜き物件とは、前の借り主が退店したままの状態のこと。もし飲食店が居を構えていたけど、借り主が抜けたままの居抜き物件なら、厨房機器やテーブル椅子など備品が残っていて、そのまま活用すれば投資は不要。内装も満足できるなら、内装工事費も不要」

「他に開業の初期費用を減らす方法は？　お役所の補助金とか」

「役所の補助金は後で調べてみるけど、補助金を出す時期は、たぶん年度末だと思う。補助金を貰えると、開業1年後くらいの資金繰りは楽になるけど、開業時の初期費用を減らす方法にはならないよ。もう一つ、重要なツッコミがあるよ。開業初期費用や資金繰りを楽にするだけの目的で、他人からお金を貰うと、お店の経営方針とか全て、お金を出してくれた他人の言う通りにする制約が生まれる。この他人の口出しが嫌になって、つまらなくなって、せっかく始めたお店を諦めてしまう人も多いよ」

「確かに、投資や出資をする民間企業はボランティアじゃないんだから、ああしろ、こうしろって口出しするよね。角紅時代にそういう話、いっぱい聞いてる」

「でしょ？　だから、明日以降ママ友と話をするとき、最初に、開業初期費用と業態、の話をしてみて。俺も開業初期費用を減らす方法を考えておくよ。でも、それに期待しないで、300万円は出資できるように話を纏めてきて。300万ぎりぎりなら業態はカフェがいいよ。それで話がまとまれば、次に顧客層を誰に絞り込むか、を考えて。この３点を決めた上で、新米経営者のママ友６人と、新米社長の俺を合わせた、７人で第１回の経営会議を開こうか？」

　由美は「えーちょっと待ってね。宿題の3点って、開業初期費用、業態、顧客層を誰に絞り込むか、よね」と、まるで宿題を言い渡された学生のような表情で呟きながら、スマホのメモ帳に入力しているようだった。