第10話 副業を解禁したい政府に忖度したフェイクニュース  

 フェイクニュースが日本経営新聞に掲載された日の昼休み、私は同期入社の横溝雄一に誘われて、社員食堂でランチを取っている。2人で窓際席に座ると、隣のテーブルから「今朝の日経新聞1面の記事、酷いフェイクニュースだな」という声が聞こえてきた。


「いやー、社内は朝から日経新聞1面に掲載されたフェイクニュースの話で、もちきりだね?」と、横溝が私に話をふる。


「日経新聞の1面を最初に見た瞬間は、また日経がフェイクニュースを垂れ流している事実に、ただただ呆れた。むかついた。いつもは新聞やテレビでニュースを見たとき、俺は当事者ではないから、このニュースは事実かな、それともフェイクかな、と考える。でも、今回ばかりは俺が角紅の社員だから、日経新聞の記事は見た瞬間に、うそ、と直ぐに分かる」


「そう、いつもはニュースを見て、うそっぽいな、と感じても、マスコミの言うことを結局は信用してしまう。でも、今回の記事だけは当事者だから、フェイクと直ぐ分かった。だから、角紅の社員は皆、怒り心頭だ」と言い、横溝は周囲の社員を見渡す。


「横溝は、日経がフェイクニュースを垂れ流した理由、どう分析する?」


「うーん。新聞社が新聞の販売部数を増やしたいから、刺激的なタイトルを付ける、いつもの手口の1つじゃねえか? コンビニや駅売りの売店で売られている新聞は、1面の記事タイトルが見えるように何紙も並んでいる。1面の記事タイトルが刺激的だと、つい読みたくなるよな。でも、新聞なんか買わない。あとでネット検索して、ネット配信の無料記事を読めばいいんだから」


「いつもの手口、って視点の分析、ナイスだな」


「だろ? ネット配信の記事も同じで、つい本文をクリックして読みたくなる刺激的なタイトルを付けるよな。例えば、若くて可愛い女性の芸能人がプロ野球の始球式で投げた球がキャッチャーまで届かなかったら、ノーバン始球式、と必ず書くじゃね? ノーバン始球式ってタイトルを始めて見たときは、若くて可愛い女性の芸能人がパンツをはかない、ノーパンで投げて、投げた瞬間、ちらっと見えたのか? と妄想を膨らませて、ついタイトルをクリックして、騙された奴、多いよな?」


「でもさあ、横溝。いつもの手口って理由だけで、角紅が公式に発表した事実と明らかに違う、うそのフェイクニュースを日経が垂れ流すとは思えないなあ。角紅は総合商社5社の中で、ダントツでビリの5位だけど、世間的には立派な大企業だぞ。それに、日経新聞にとって、角紅は広告を多く出している広告主さまだぞ。いくらフェイクニュースで稼ぐ日経新聞でも、我が社にメリットが一つも無いフェイクニュースは書けないだろ?」


「じゃあ、おまえの分析はどうなの? 山口の分析は、いつも鋭くて的確だから、今日はそれを聞きたくて、ランチに誘ったんだよ」


「うん、分析は2つあるよ。第一の分析は、副業を解禁したい政府に日経が忖度したフェイクニュース。このフェイクニュースで日経は「副業するのは当たり前な時代へ」という世論をつくる、国には恩を売る」


「なるほど、納得。もう一つの分析は?」


「第二の分析は、このフェイクニュースを信用した大学生、就活生が、角紅は堂々と副業ができる魅力的な会社、と勘違いして、角紅に入社を希望する。結果、角紅には優秀な学生が多く集まる。就職人気企業ランキングで上位に躍進する。これで、角紅にも恩を売れる。たしか、去年の就職人気企業ランキング、総合商社の上位3社はベスト10にランクインしているのに、角紅は160位くらいに沈んでいる。人材を獲得する競争の時点で、角紅は既に総合商社の上位に大敗している。角紅としては、人材獲得でプラスになる良い効果を得られるから、フェイクニュースを書かれても日経に文句は言えない。むしろ日経新聞側は、角紅は感謝するはず、と高を括っていると思うよ。だって、就職人気企業ランキングを集計して最初に記事を書くのは日経新聞なんだ。それを他社が記事にして、学生に人気が高い企業はここ、という世論がつくられる。こんな具合に、日経は世論をつくるのが上手い。俺たちが成功するには、それに乗っていく必要がある」


「第二の分析も納得。でも、ツッコミをいれさせてもらうと、マスコミがつくる世論に乗っていく、って例えば、どうやって?」


「以上の分析をもとに、もし俺が角紅の社長なら、どのような思考・行動になるか、という例え話をしよう。まず、今回のフェイクニュースに文句を言わず、来年以降の就職人気企業ランキングや人材獲得状況の状況を見る。次に、もし人材獲得で大きな効果が出れば、副業の義務化というフェイクを、本当の制度にしていく努力をする。それで、もっと優秀な人材を多く集めて、会社を成長させていく。うそが本当の話として実現するってケース、けっこう多いんだ。俺の企画のツボは、うそをつかれても直ぐには怒らず様子を見る。うそが自分にとって良い風向きに変わったら、その風というチャンスを活かすところにある」


「すげぇ、納得。山口の分析と企画力は、いつもながら本当に凄い。お世辞ぬきで超一流。でも、おまえ会社の中では評価されていないな」


「ああ。飲みにケーションは断るし、残業も自分で必要と判断すれば残業するけど、つきあい残業はしないし。こういう側面だけを見て、協調性が低い、とか悪い烙印を押されて、減点される」


「確かに。もう、協調性が最も評価される時代じゃないし、人の粗をさがして減点主義の人事評価をする時代でもないよな。我が社の組織風土と、社員の意識は、まだまだ古いな」


「その観点から、つまり古い組織風土と意識を改革する観点から、20%ルールの実践を義務化する先進的な制度を導入したんだと思う。社長や役員クラスは今も蔓延る、古い組織風土と意識、を改革すべきと考えているはず。期待したいね」


「20%ルール実践の義務化という改革、山口には絶好のチャンスと思うぞ。今の仕事や組織風土で評価が高い奴は、新しいことをしたがらないし、新しいことを発想して行動する力も乏しい。山口は良くも悪くも、彼らと全てが正反対だ。会社の新規事業を生み出す目的の20%ルールを活用して、新規事業を創造する、その事業を担う新しい会社をつくり、山口が社長になる」


「俺が社長になる? まだ20%ルールで何をやるかさえ全く考えていないのに。横溝は何をやるか考えているの?」


「え? 山口のことだから、20%ルールで何をやるかって崇高な構想が既にあると思っていたよ。実は、おまえの構想を聞いて魅力的なら、俺も混ぜてくれって魂胆だった。こんな下心ある魂胆の俺は、20%ルールで何をやるか、なんて何も考えていないさ。俺はともかく、山口が何も考えていないって意外だな。ほら、何年か前に聞いたけど、おまえ将来は経営コンサルタントとして起業・独立するのが夢だといって、頑張って勉強して、中小企業診断士の資格を取得したよな。20%ルールという風は、おまえの夢をかなえるチャンスでもあるぞ。山口、起業する夢を俺に熱っぽく語っていたのに、おまえ本当にまだ何も考えていないのか?」


「ああ。今の仕事で頭が一杯だし。家庭でゴタゴタがあるし。実は妻に今朝、週の半分くらいは早く帰宅して子どもを風呂に入れたり遊んであげて、と怒られてね。それで今日は、18時半には帰宅して息子2人を風呂に入れる、と約束したんだ」


 私は会社の同期である横溝に言われて、自分が将来は経営コンサルタントとして起業・独立する夢を抱いていることに気がつく。

 夢を抱いて資格は取得したけど実践できない者が多い、と何かの記事で読んだことを思い出す。私もそのうちの一人じゃないか、そう思うと悔しい。

 20%ルールの実践を義務化、という会社の制度は横溝がいうように、私の夢をかなえるチャンスなのかもしれない。

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