第2話 移住で人口増加、人口が減少する地方の古い価値観

 家を出てから5分で豊洲駅に着いた。会社がある有楽町駅は豊洲駅から4駅8分の近さ。18時10分に会社を出れば、18時半には帰宅できる。

 この職住近接さを含めて、豊洲は「子育て世代に住みやすい街」として人気が高い。地元の自治体である江東区は、人口の増加を目指して、子育て世代の移住に注力している。他の自治体が保育園の整備という箱物建設にのみ邁進する中、江東区は育児ノウハウを教える育児教室などプログラムの質量が優れている。

 育児教室などプログラムに参加する中で、親子そろって近所に、同じ世代の友達が多くできる。これも、子育て世代に住みやすい街として人気が高い秘密である。


 東京は良くも悪くも、近所づきあいが無い。だから、東京への移住や東京内で転居の場合、近所にどういう人が住んでいるか、地域独自の近所づきあいのルール・しきたりは、考えなくて良い。実際、私たち夫婦が豊洲へ移住する前は、東京都内の駒沢で賃貸マンションに住んでいたが、近所づきあいは全く無かった。近所づきあいに、時間と気持ちを使わないで済むことが東京の魅力だ、と思っていた。

 しかし、子どもを産んでからは、子どもにも親にも、同じ世代の友達が欲しい。一方で、保育園の整備に反対する自分勝手な高齢者とは関わりたくない。だから、子育て世代は同じ世代が集まる街に住みたい。このような街は、人口が急増している。


 地方は逆に、近所づきあいのルール・しきたりが強制される。だから、地方へ移住する場合、近所にどういう人が住んでいるか、地方独自の近所づきあいのルール・しきたりを最も考慮しなければならない。これを考慮しないで、自然の美しさ等の見た目に惹かれて、地方へ移住すると、親子そろって友達がいない孤独に陥る。ひどい場合には、村八分に遭う。このような地方は、人口が急減している。

 地方の中には未だに、男尊女卑的で、女性の多様な生き方を認めない地域が少なくない。産まない女、育児しないで保育園に我が子を預ける女は、蔑視される。こんな古い価値観・しきたりが残る地方に、女性は居心地が悪いので、東京へ移住する。結果、地方の人口減少が加速する。


 実際、私も由美も、地方で生まれ育った。古くから残る近所づきあいのルール・しきたりが嫌で、大学進学のときから東京へ移住して、今も東京に住み続けている。地方の住みにくさは男性の私よりも、女性の由美が強く嫌悪しているようだ。由美は故郷の話をしたとき、ふと「地方と東京は、別の国みたいに価値観・しきたりが違うね」と呟いた。


 東京の中でも、人が集まる地域には、民間の企業や病院なども集積する。豊洲駅前には大学付属の大きな病院と、大型商業施設ららぽーとがある。海に面して、広い公園もある。この公園で子どもは、のびのびと遊ぶことができる。マラソンが趣味の私は出勤前に毎朝、海を眺めながら公園内でジョギングを楽しむ。東京の都心部で、車と信号による中断が無く、海を眺めながら安心して心地よく走ることができるジョギングコースは多分ここだけだろう。

 子育て世代に人気が高い豊洲には近年、豊洲駅の周辺に子育て世代が購入可能な価格帯のタワーマンションが次々と再開発されている。タワーマンションを売り出すときのキャッチフレーズの一つに「銀座を庭に住まう。銀座駅へ豊洲駅から3駅6分の近さ」がある。

 こうした子育てのしやすさ、趣味や余暇を楽しめる立地に私たち夫婦は惚れて、健を出産する数か月前、豊洲のタワーマンションに移住した。

 豊洲に住み始めてからの家庭生活は二人にとって全てが幸せだった。健を保育園へ入れたことに纏わる事件が近所で起きて、由美が角紅を退職するという辛い決断に至るまでは。

 東京で近所に住んでいる人から悪い影響を受けるとは想定外だった。

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