副業は義務だから、イクメンになり、子育てカフェを起業

経営コンサルタント哲

第1話 幸せは結婚と移住で決まる~結婚と移住の落とし穴

 理想的な毎朝のルーティンを手に入れて、私は幸せを実感している。起床後、海に面した公園で、海と空を眺めながらジョギングを楽しむ。もこもことした厚い入道雲は先月初旬には消えて、はけ雲が広がる空は、秋の到来を感じさせる。10月は体感的に、最もジョギングに適した季節である。

 タワーマンション22階の自宅に戻り、シャワーを浴びる。ダイニングテーブルに一人で座ると、ジョギングの時に眺めた東京湾を望むことができる。テーブルの上には、料理上手な妻、由美が前日に焼いたパンが用意されている。今朝は私が大好きなメロンパンだ。メロンパンをほおばりながら、四つ折りの新聞朝刊を開く。

 理想的な毎朝のルーティンを得るための鍵は、私の場合「誰とパートナーになるかという結婚、どこに住むかという移住」の2つが大きい。私は理想の結婚と移住に成功したのかもしれない。

 だが、結婚と移住は、後に理想のルーティンを破壊する変化を多く生む。

今朝も、ルーティンではない出来事が幾つも起きた。

 まず、朝刊1面の下段にある記事のタイトル「大手商社の角紅、社内副業を義務化」を見て、角紅に勤める私は思わず「フェイクニュースだぁ」と叫んだ。


 「亮、何か言ったぁ? 聞こえないよ。用があるなら、こっちに来て」という由美の声が隣の部屋から聞こえた。由美は生後半年になる康のオムツ交換をしている。

 3歳になった長男の健は小さな身体を、由美の左腕に巻きつけるように、しがみつきながら「おもちゃの電車が無い、探してよ」等と、わめいている。由美にしがみつくのは健が毎朝やるルーティンだ。由美が外へ行かないか、警戒しているように見える。

 結婚後しばらくは、お互いの視界には、お互いしか映らない二人だけの甘くて、ゆったりとした生活を満喫していた。しかし、今は家族が4人に増えた。妻の視界には2人の息子ばかりが映っているようで、私と見つめあう時間は少ない。妻の身体に触れる機会も、すっかり2人の息子に奪われてしまった。

 由美は今、健にしがみつかれて、左腕を思うように動かせず、オムツ交換に苦闘している。2人の息子と格闘中の妻には「フェイクニュースだぁ」という私の叫び声は聞き取れなかったようだ。会話の機会も又、息子たちに奪われている。

 私が叫んだ理由は、とっさの驚きによる。だが「またマスコミが、フェイクニュースを垂れ流して、世論を捏造しようとしている」という社会動向をネタに、由美と会話したかった。家族が増えてからの私は由美と、たわいもない軽い会話を始める、きっかけを無意識のうちに探すようになった。

 しかし、聞こえていないなら、別の企みを思いつく。私が不在の時、由美にフェイクニュースの新聞記事を読ませて、どれほど驚いた反応を示すかを見たくなった。


「健、ママは何処にも行かないから、しがみつかなくても大丈夫。パパはもう会社へ行くよ。だから、電車は自分で探そうよ」と話しかけながら、健を抱き上げて、おもちゃ箱の前まで連れていった。健はママが大好きで毎日、朝からママにべったりと纏わりつく。今度は由美へ話しかける。


「由美、新聞朝刊の1面に、我が社の大ニュースが掲載されてるんだ。読んでおいて。俺が帰宅したら意見を聞かせて。今日は早く帰宅して夕食は家で食べるよ。由美の美味しい晩御飯、食べるの1週間ぶり位かな? 楽しみだなぁ」


 リップサービスのつもりだったが、効果は無かなった。むしろ、いらついたように、いつも以上に由美は愚痴り始めた。これが第二の出来事だ。


「本当にそう思うなら週の半分位は早く帰宅して、子どもを風呂に入れたり、遊んであげてよ。いつも帰りが遅くて、遊んであげないから、健は亮に懐かない。いつも私にばかり、まとわりつくのよ。私だって、外で働きたい」


 由美は話の始めに一瞬だけ、私を見つめたが、その後は康の世話をしながら、康へ語り掛けるように話す。由美の視線は私へ向いていない。

由美の「私だって、外で働きたい」というセリフが、私の心に鋭く刺さる。だが、セリフの内容よりも、由美の疲れた話しぶり方が、私を切なくさせる。


「ああ、そうしたいさ。でも、仕事が忙しくて…」と、私は咄嗟にいつもの返事を返してしまい後悔する。由美はいつもより、イライラしているようなので、今日は違うセリフを返すことにした。


「仕事を言い訳にするのはダメだよね。外で働きたい由美に、この言い訳は特に酷なんだよね。ゴメン。よし、今日は18時半には帰宅して息子2人を風呂に入れる。19時から家族みんなで御飯、食べよう。じゃあ、会社へ行くから、この話は後で。そうだ、新聞を読んでおいてね。いってきまぁす」


 私にとって、この話と新聞記事は、あくまでも別もので、リンクしていない。

 この話は、できれば話したくはない、家庭内の深刻な話で、由美は強張った表情を見せるに違いない。

 新聞記事は「またマスコミがフェイクニュースを垂れ流して、世論を捏造しようとしている」という、家庭外の社会動向ネタで、由美は笑顔を見せてくれるかもしれない。

 私は由美の笑いを取りたい。なぜなら、由美の笑顔を数か月前から私は見ていないからだ。

 由美が私に笑顔を見せなくなった時期と理由が、今朝の会話と由美の仕草から想像できた。つまり、数か月前といえば、次男の康が産まれて、育児が2人分の2倍になった時期と重なる。

 女性は子どもを産むと変わる。2人目を産むと、もっと変わる。例えば、育児が2倍になる。 

 夫の私は育児に参加しているつもりだが、イクメンの域には程遠い。ここに由美は不満を抱いているのかもしれない。今日はそのように感じたから「今日は18時半に帰宅して息子2人を風呂に入れる」と宣言して家を出た。

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