【純情】愛はカツ
カツ屋の娘仁美ちゃんはカツが好き。さらに言うとカツが好きな僕のことが好き。
「カッチャンは本当おいしそうにカツを食べるよね」
「私、大きくなったらカッチャンと結婚することにしたわ」
給食でカツが出るたびに僕のことをそう褒めたたえる。自分のカツを一つさらに寄越して、「私のも食べていいよ」とくるから困ったものだ。彼女のくれたカツを頬張りながら本当に結婚するんじゃないだろうなと内心不安になる。
中学になり給食がなくなった。すると仁美ちゃんは毎日タッパーにカツをたくさん詰めてきて、
「お店で余ったの持ってきたから食べてくれる? お父さんがカッチャンにあげるなら持って行っていいよ、っていうから」
ときた。
カツはタッパーごと預かり、僕はバスケ部だったのだが部活終わりにそれを毎日食べた。
結果、僕は丸くなった。
高校は仁美ちゃんと別の学校に進学した。僕はみるみる痩せてイケメンになった。自慢するが彼女も出来て順風満帆、カツのことなど忘却の彼方だった。
が、再会はすぐ訪れる。初めてのデートで気を抜いて僕は仁美ちゃんちのカツ屋に入った。それが間違いだった。仁美ちゃんに会いたくなかったので別の所にしようといったのだが彼女がどうしてもカツが食べたいという。入店するとやはり仁美ちゃんがいた。
「いらっしゃいませー」
頭に三角巾を巻いた仁美ちゃんは店の手伝いをしていて忙しいことも手伝いはじめ僕には気づいていなかった。久しぶりに見る仁美ちゃんは太って店の女将さんに間違えそうなほど貫禄があった。注文を取りに来た時ふと目が合った。
「アレ? もしかしてカッチャン? カッチャンじゃない? うわぁ、久しぶり!」
バンバンと肩を叩かれ気まずくて僕は目を反らす。
「知り合いなの?」
華奢な彼女は少し引いていた。
「小中学校のクラスメイト」
仕方なく僕は答える。
「あんまり男前になってたから分からなかったわ」
「なんでカッチャンなの?」
彼女が不思議そうに聞く。当然の疑問である。僕の名前はヤスノリ、一字もかすりはしていない。
「カツが好きだからみんなにカッチャンて呼ばれてたの。カツ好きカッチャンって」
「へえー」
何の感動も含まぬ声で彼女が相槌をうつ。
「注文いい?」
早く離れて欲しくてメニューを持つ。
「どうぞ」
「私、梅カツ定食」
「と、ヒレカツ定食」
「梅カツとヒレカツね」
メモを取って離れると思いきややっぱり声をかけてきた。
「前はブタの脂身が好きだったのにヒレで本当にいいの?」
さっさと消えてくれと言う思いをこめて「お客さん来たよ」と伝えた。仁美ちゃんは何も言わぬまま来店客の所へと向かった。
帰り際、会計を済ませると仁美ちゃんがウインクをした。
「また来てね!」と。
「あの子超ブスだったねー」
彼女が空に向けて高笑いを放つ。否定はすまい、と思う。
「てか脂身好きとか超デブじゃん」
「っるせー」
「美味しかったしまた来たい」
「二度と来ねえよ」
僕の言葉通り二度と彼女と訪れることはなかった。彼女の浮気が原因で僕たちは程なく別れたからだ。その後何人かと付き合ったがイマイチしっくりこず、恋愛自体が向いていないのだと思うようになり高校三年になると受験もあるからと付き合うこと自体を放棄した。
大学は地元の国立に進学した。入ってびっくり同じ学部に仁美ちゃんがいた。以前よりは少しほっそりとしていたがやっぱり太く、でも化粧をしていて何だかあか抜けていた。
「あれえ、カッチャンじゃない! すっごい、こんなとこで会うとは思わなかったわ」
知り合いがいなかったことも手伝い彼女とも親密になった。それから三年間彼女からはカツのアプローチを受けた。油物だけにしつこくむつこいアプローチだったと思う。
「カッチャンはウチのカツ好き?」
いつだったか、彼女の家のカツを食べに行った時そう問いかけられた。
「うん、美味しいよ」
今、この特別の豊潤なロースカツを食べているのは店内でおそらく僕だけであろう。
「ウチに永久就職する気ない?」
「ぶふっ!」
向かいに座る彼女は真剣だ。
「お父ちゃん気合入れて今日のカツ作ったのよ」
「……うん、美味しい」
「私、結婚するならずっと前からカッチャンって決めてた」
「……」
「私はカッチャンとこの先も美味しいカツ作っていきたい」
「幸せな家庭作りたいとかじゃないんだ」
「うん、美味しいカツ作れたらそれでいい」
思わず笑ってしまう。僕はこれまでに食べてきた数えきれないカツを思い返した。こう答えざるを得ないだろう。
「……分かりました」
こうして僕らは大学卒業後、結婚した。親父さんに弟子入りして料理の『り』の字も知らなかった僕は徹底してその技術を学んだ。
その後、店を継ぎ店主になった。今では子供も三人出来て夫婦円満な生活を送る。毎日毎日カツを揚げては訪れる客にふるまう。
人生訓を言わせてもらうと「愛はカツ」ということだ。
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