【レシピ】落としたレシピ
降りしきる雨の日、衣笠恵美子はスーパーの駐車場でそれを拾った。
小さなメモに走り書き、どうやら料理のレシピのようだ。鉛筆文字は雨でにじみ、しかし判別不能なほどじゃない。
――何々? 人参、ブロッコリー、大根、シイタケを刻んで茹でる。なるほど、なるほど、そしてハツを茹でてから刻む。ハツか。ハツは食べたことないわね。それで? 水切りした豆腐と混ぜてごはんにかける。で、出来上がり? あとは? 味付けは? 味無し? メモの主は調味料を書くのを忘れてしまったのだろうか? 不思議料理だな。これはどういった料理なのだろう? 新手の丼物だろうか?
一抹の興味をひかれた恵美子はそれをアレンジして晩御飯にすることに決めた。材料のブロッコリーと大根、豆腐を購入する。人参はまだ二本冷蔵庫に残っていた。ハツは入れようか迷ったが美味しいからレシピにあるのだろう。ハツを入れないと他は味も薄そうなものばかりでパンチがないので思い切って入れてみることにした。
ハツは八個で百円ほど。高くはないが見た目がグロテスク、心臓の形をしている。多分、二度と買わないが人生で一度くらい食べるのも悪くないとかごに放り込む。
しかし、メモの主は今頃困っているだろう。多分文字からするに年配者だな。健康に気を使ったメニューだなと改めて思う。
レシピ通り材料を購入して家路を急いだ。
帰宅すると十八時半、結構遅くなってしまった。夫の洋輔は会社から帰宅してすでに風呂にも入ったようでパジャマ姿で新聞を読んでいた。
「おかえりー」
「ただいま」
洋輔が紙面から目を離さず返事する。
エプロンをつけて早速シンクへと向かった。鍋に水を注ぎ茹でる準備をする。湧くのを待つ間に素早く野菜を刻む。結構な量を準備してしまった。今日は洋輔と二人、娘の菜穂は出かけているので二人分でいいというのにまったくだ。
そうだ、残ったのは明日野菜スープにでもしよう。小さめのタッパーに寄り分けて冷蔵庫に仕舞う。
そうこうしているうちに湯が沸騰したのでハツを全て放り込んだ。ハツはみるみる間に色が薄茶色に変わっていく。ホントに美味しいのだろうか。
しっかり目に茹でてハツを取り出し、その湯で野菜を茹でる。その間にハツを刻んで欠片を味見してみたが予想に反してコリコリとして美味しかった。これならまた食べてもいい、と思った。
野菜が茹で上がったのでレンジで加熱しておいた豆腐と、野菜とハツをボールで和える。綺麗に混ぜて味見をしたが予想通り味がない。仕方がないので自己流にアレンジする。出汁を入れて醤油を入れて少し砂糖、仕上げにゴマを振る。味見をしたが中々悪くない。しかし、見た目はどう見ても、い……
それをごはんにかけて出来上がり。丼をテーブルに置き洋輔にごはんよ、と声を掛けた。
「今日は何だ? 丼か?」
「スーパーでメモ拾っちゃって。そのメモに書かれていた料理なの」
「おいおい、大丈夫だろうな?」
「大丈夫よ、味見したけど美味しかったもの」
「そうか、頂きまーす!」
「頂きます」
口に放り込んだとたん洋輔の顔がぱあっと晴れた。
「美味しいじゃないかこれ!」
「そうよ、だから言ったでしょ?」
「また、作ってくれよ」
「気が向いたらね」
「しかし美味しいな」
一方、別宅では――
「おかしいわね。メモがどこにもないわ」
「バッグに入れてるんじゃないのか?」
「スーパーで落としたのかしら?」
「母さんチョコが待ってるぞ。メモなんてなくても作れるだろ。早く作ってやれよ」
「ああ、そうね。ごめんねチョコちゃん」
いって老夫人は愛犬であるダックスフンドのチョコの頭を撫でる。チョコは大人しくお座りして待っていて尻尾をユサユサと振っている。
作るのは犬ごはん、ハツを刻んで茹でた野菜と水切りした豆腐を……
「あのメモ誰かに拾われたかしら? もしかすると今日作ってたりして」
「そんなわけねよ。犬用の飯だぞ。食ってるやついるわけねえだろ」
「案外分からないわよ? 今頃味が無いなんて食べてるんじゃないかしら」
再び衣笠宅では――
「おかわり!」
「まだ食べるの?」
「だって美味しいし」
珍しくよく食べている洋輔に呆れながらもメモを冷蔵庫にマグネットで張りつけた。
恵美子はまた作ろうとほくそ笑むのであった。
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