【実家】彼女のピアス
「実家のパパに買ってもらったの!」
自慢気にいって佐奈はロゴを模ったブランド物のピアスを見せる。
「いいなあ、佐奈の家はお金持ちで」
「大して金持ちじゃないわ。これは二十歳の誕生日だから特別」
「でも、ウチは手作りケーキだけだったよ? 羨ましい」
その『羨ましい』が佐奈の大好物であることを僕は知っている。
「今度使わなくなったピアス持ってきてあげる。あげるわ」
「マジ? ありがとう!」
僕の苛立ちを察したのか佐奈は立ちあがり「じゃあ、またね」と愛想を振りまいて講義の始まりそうな教室を出た。僕は授業があるから追いかけるわけにもいかず一時間半の化学工学の講義を受けた。
「ああいうのやめろって」
昼食を摂りながら僕は真剣に佐奈に注意した。佐奈は話半分で髪をいじっている。
「いいじゃない。喜んでたでしょ」
「そういう問題じゃない」
「じゃあ、どういう問題?」
「ああいうのはすごく……下品だ」
不満げに僕は黙りこむ。下品という言葉に佐奈はムッとしたようだった。
「そんなの初めていわれたわ! パパにもママにもいわれたことない!」
「口を開けばパパ、パパって何だよ! 外人じゃあるまいし」
「あ、そっかウチが金持ちだから僻んでるんでしょ?」
「……あのなあ」
「私と結婚すれば逆玉の輿だし安泰だもんねー」
佐奈が小馬鹿にしてくる。
「違う、そうじゃない」
僕は拳を握りグッと黙り込む。佐奈と付き合ってるのはそうじゃない。そうじゃないんだ。
きっかけは大学に入学したての頃。グループワークで日本の開発した航空機YS-11について調べることになった。皆がやる気のない中、ブランド物で身を固めた派手な少女が「私はこう思う」と意見を述べた。
皆、積極的すぎる彼女に若干引いていたけれど僕は良いと思った。その後、皆が打合せをサボり出し結局僕と佐奈だけになった。資料作成をした図書館の帰り、他の子が陰口を叩いているのを聞いた。
流そうとしたけれど佐奈は堂々と前に進み出て「自分が真面目になれないのを私たちのせいにしないで!」と怒った。彼らは面倒くさそうに行こうぜ、と去り翌週から授業に来なくなった。結局二人での発表になったが先生の感触は良く、二人していい評価を貰った。
真っすぐな彼女を好きになった。授業は必ず一番前に座り、後ですぐ先生に質問する。学生の鏡の様な子だと思った。思ったんだけれど……
「今度のGWはどこ行く? バリ? それともグアム?」
先ほどまでの不機嫌は何処へやら、目を輝かしスマホを繰っている。
「箱根……箱根にしよう」
「ええ! 国内ー?」
仕方ない、僕は佐奈と違って金がないのだ。スマホで箱根を調べ不貞腐れる佐奈のご機嫌取りをした。
佐奈との大学生活は楽しかった。ケンカもしたけれどいい思い出。社会人三年目僕はプロポーズした。小さなダイヤの付いた指輪を掲げて跪き「結婚してください」と一言。
「ダイヤちっさ!」
思わず箱を閉じようとしたが「ああ、待って待って!」と佐奈が止める。「要らねえんだろ?」とわざとらしく問う。
「要る、要ります!」
佐奈はさっと掴むと指に嵌めて「キレー」とうっとりした。
結婚するのは彼女が金持ちだからじゃない。佐奈が佐奈だからだ。
「あのね、実家って思ったよりもでかくないから」
「さっきも聞いた」
「でもね、ほんとに思ったよりも小さいから」
揺れる汽車の中、駅弁を食べながら返事する。佐奈の食べる手は完全に止まっている。景色はすっかり東北の田園風景、空にはトンビが舞う。
「田舎だなー」
「凹むからそれは言わないで」
「いいだろ別に。田舎好きだし」
佐奈は不満そうに僕を見たが何も言わなかった。
佐奈の実家は普通の家だった。貧乏じゃないが金持ちには程遠いように思う。
「ただいま、パパ、ママ!」
「何だよ、パパ、ママって?」
父親がボリボリと頭を掻き母親が笑っていた。
家族の団らんで佐奈は幼い頃から見栄っ張りで友達を連れて来ては母親の宝石やら貴金属を自慢する子だったと聞いた。三つ子の魂百までとはこのこと。
面白おかしく話す両親に対し佐奈の顔は浮かない。腹を抱えて笑っていると「何がおかしいの!」と怒りの声をあげた。ぽかんとする僕らを見下ろして佐奈は部屋を出ていった。
夜、縁側で佐奈は月を眺めていた。顔をのぞきこむと涙の筋。「どうした?」と笑いながら聞いてやる。
「見栄張り女だと思ったでしょ?」
可笑しくてハハハッと笑ってしまう。顔を見て頭にポンと手を置く。
「オレが食わしてやるから泣くな」
「馬鹿にしないで!」
佐奈は働いている。でも、それは自分のブランド品を買うため。例のピアスも実はバイトで稼いだ小遣いで買ったことを知った。
「贅沢もちょっとならいいぞ」
その言葉に佐奈は涙を拭くとツンとした笑顔を浮かべる。
「新婚旅行はパリね」
僕は笑って返す。
「パリじゃなくてバリの間違いだよな?」
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