【休日】休日戦隊ヤスムンジャ―
「八十九円、百五十六円、……八十九円……」
籠の中の最後の商品であるウメおにぎりをスキャンしようとした時にそれは鳴る。
ピピピピピと音を立て光る左手首の腕時計型通信装置、オレはサイドボタンを押してそれに応じた。
「こちらレッド!」
『新橋に怪人出現よ!』
オペレーターのサラの溌溂とした声が聞こえた。
「今すぐ向かう!」
着ていた制服の上着を放り投げ、全力で駆けだすと客の声が追いかけた。
「あのっ、店員さん! お勘定はっ……」
「そこに置いといてください!」
「荻野さん! どこ行くんですかっ!」
同僚の武市が慌てて呼び止める。一寸、冷静になりハッと動きを止めた。この仕事に未練がないわけじゃない。目と目が合う。可愛い後輩だった。彼女の目を見ていると熱くて悔しい何かがこみあげてくる。
「くっ! 許せ!」
苦渋の思いで駆けだした。どこか遠くで彼女の呼び止める声が聞こえた。
――新橋では
「ぐははははっ! 働け、働くんじゃー!」
怪人が巨大なハサミになった腕を振り回し縦横無尽に暴れている。爆音が鳴り響き人々が逃げ惑っている。不意に逃げていた子供が転んだ。それに親が走り寄る。親が助け起こしていると怪人が目の前に迫ってきていた。
「お前も働くんじゃー!」
「うあああああ」
子供が悲鳴をあげる。その時、さっそうと彼らは歩道橋の上に現れた。
「待て! 怪人そこまでだ!!」
「誰だ!」
光る蒼天から影が差す。
「クビになったバイトは数知れず、情熱のレッド!」
「俺を縛るものは誰も存在しない、孤高のフリーター、深淵のブルー!」
「週五日で食べ放題、1日1食で我慢する大食漢、自ら油で光り周りをも照らし出す男、光のイエロー!」
「趣味は森林浴、ひたすらエコと屋上緑化に生きる男、新緑のグリーン!」
「食費は一日100円と決めてます。何軒もスーパーをはしごする女、鬼才のピンク!」
「我ら5人そろって休日戦隊……」
「「「「「ヤスムンジャ―!!!」」」」」
怪人は「ガハハハハ」と声を轟かせる。
「現れたなヤスムンジャ―! しかし5人そろったところでこの働くンジャーの敵ではないわ!」
そう言って働くンジャーは左手に持っていたステッキをかざす。すると呪いの声が頭中に響いた。
『働け~働くんだ~』
『そろそろ就職活動したらどう?』
『ニートって言ってりゃ何とかなると思ってるんだから』
『サトシちゃん、いつまでも親がいると思ってるんじゃないわよ』
「ぐわあああああ」
五人は耳を塞ぎながらもだえ苦しむ。その時ピンクが声をあげた。
「あの声を聴いてはダメ! 奈落の底に引きずり込まれるわ! 杖よ、あの杖を破壊するのよ!」
そのかけ声に呼応するかのようにブルーがブーメランを怪人の杖目がけて投げた。ブーメランは杖を破壊し、ブルーの手に戻る。
「よっし、あの杖さえ無ければこっちのもんだ! 行くぞっ!」
レッドの声に呼応して五人が集まる。
「オレたちのすべてを込めて! くらえっ!」
「「「「「有休バスター!!!!!」」」」」
五人の手が光り輝く。
「ううぉおおおおおおお!!!!」
――ズガアアアアアアアアン!!!
怪人が光と爆風に包まれて、後にはベールの剝げた湯山裕(会社社長65歳)が残された。彼は働き者で有名な高潔で座右の銘は「24時間働けますか?」だった。
「お父さん!!」
彼の妻と娘と思しき人物が駆け寄る。青ざめ心配にはち切れそうな顔をしている。
「ひなこ、母さん……」
気がついた湯山が虚ろな目で二人を見る。そして視線をレッドに向けた。
「働きすぎが普通の人々をこうも恐ろしい姿に変える。大事なのは適度な休日だということを覚えておいてほしい」
レッドは毅然としてお決まりのセリフを述べた。
「そうだな、少し働き過ぎた……有休取るよ」
湯山は涙を流して頷いた。
こうして怪人は消え去り街に再び平和は訪れた。だが、働き過ぎの現代人がいる限り彼らの使命は終わらない。すべての人に休日を! それが彼らの合言葉である。
オレはと言えば再びバイトをクビになった。これで丁度三百回記念だ。皮肉にも休みはたっぷりある。
仲間たちが三百回記念を祝おうと宴を催してくれた。
「だから、ヒーローが常勤何て無理だっての」
ブルーがさきいかをかじりながら言う。
「あ、あたしアパレル紹介してあげようか? 友達が店長やってんの」
「え、それならボクに紹介してくださいよ」
イエローが口を挟む。
「デ、……ぽっちゃりはダメよ、ぽっちゃりは!」
「あー、今デブって言おうとした、デブって!」
イエローは唾を飛ばしながら反撃する。オレは飛んだそれを拭う。
ちなみに唯一正社員のグリーンは欠席だ。手堅いやつだ。正直羨ましい。
「オレは、オレは……」
「どうしたレッド?」ブルーが俯いたオレの顔を覗き込む。
「普通に働きたいンジャー」
顔を押さえ涙した。
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