【報酬】地球最後の報酬
世界の終わりは突然やってくる。西暦二XXX年、預言者ノストラダマスの予言した地球最後の日、巨大隕石の襲来に人々が慌てふためく中でそれでも僕は。
――レジを打つ。
「いらっしゃいませー」
「らっしゃいませー」
気だるげな山彦挨拶をしていると店長が険しい顔でやってきた。
「笹倉君『らっしゃいませ』じゃないからね、『いらっしゃいませ』だから!」
「うぃーす」
「いらっしゃいませー」
「らっしゃいませー」
客はいない。まるで映画の中の廃墟の町のスーパーだ、一糸乱れぬ商品が異様さを物語る。流れる有線を聞いているのは自分と店長だけ、潜むネズミさえ楽しんでいないだろう。
昼になり交代で休憩を取った。店内で割引のおにぎりとパンナコッタ、そして高めのコーヒーを購入する。事務所でテレビをつけると隕石襲来の実況中継がやっていた。こんな時でもテレビ人はテレビ人なのだから呆れてしまう。もっともそれは自分も同じこと、地球が滅びる日でさえスーパーで働いている物好きだ。
先輩(おばさん)たちは皆無断欠勤。一週間前からぽつぽつと欠勤が目立ち昨日の夜、最後の一人が店内の床を綺麗に清掃し帰っていった。
来ないとはいわなかったがそそくさとした後姿から恐らく来ないのだろうなと思っていたら案の定、今朝来たのは自分と店長だけ。こんな日でさえ帰郷せずバイト。思わず鼻で笑ってしまう。自分も彼と変わらずやはり孤独ということだろう。
画面に映る隕石は十五センチ程とずいぶん大きくなっていた。事務所の小さなテレビでさえ大きく見えるのだから金持ちの家のテレビでは余程の迫力だろう。
休憩を終え、店長に「お先でした」と挨拶すると店長は「おう」とだけ返事をして発注を続けた。発注に何の意味があるのだろう。店は明日来るお客さんのために明日の準備をする。そもそも、お客さんは来るのだろうか、明日は来るのだろうか?
いつまで経ってもお客さんが来ないので午後五時で店を閉めることになった。A4のコピー用紙に『隕石襲来のため本日の営業は終了しました』という張り紙をガラス戸に張り付けて。いつもの通り閉店業務を終え警備をかけて店を閉じる。
これが多分最後の出勤、「お疲れさまでした」というべきか、「無事で」というべきか、それとも「また明日」というべきか。迷っていると店長がカバンから茶封筒を取り出し手渡してくれた。不思議そうな顔をしていると、
「今日までの給料だよ、振り込みだともう間に合わないだろうから」
店長はやるせなさそうに笑っている。地球が消滅する前に気を利かして給料を自腹で出してくれるらしい。意味のない行為だがそれでもその心配りが嬉しかった。
これから帰ってもアパートで寝るだけ、寝ているうちに世界の終わりはやってくる。二の足を踏んでいると店長が声を掛けてきた。
「笹倉君、焼鳥屋に行かないか?」
店長の行きつけの焼鳥屋『鳥家』は徒歩でわずか五分ほどのところにあった。暖簾をくぐると大将が一瞥した。いらっしゃい、さえいわない一見ぶっきら棒な店主。店は酔って陽気な客が幅を利かせていた。空いていたカウンターに並んで座り大将と向き合う。
「ハツを二つ、あと熱燗を」
店長がメニューを見ずに注文した。
鳥を焼く香ばしい匂いが充満している。客は皆帰るそぶりはない。世界の終わりをこの鳥家で迎えようというらしい。
お待ち、と大将がハツが二本乗った皿を差し出した。それを無言で頬張る。ハツを食べるのはこれで二度目だった。一度目に食べた時それほど美味しくなかったので敬遠していたのだがここのは格別に美味い。思わず「うまっ!」と声を出すと「はっはっは」と大将が破願する。
「地球が滅びるまで店長さんの相手かい?」
「いいじゃねえか、別に」
店長が恥ずかしそうにしている。
「店長いつも来ているんですか?」
「毎晩毎晩。来てはハツ食べて熱燗飲んで。こんな時でさえ来るからよっぽどだよ。奥さんや娘さんにお別れはいってきたのかい?」
「うるせえな。ウチはおはようと行ってきますが言えりゃあそれでいいんだよ。あんただってこんな時まで鳥焼いてんだからよっぽどだよ」
「オレは死ぬときは串焼きながらって決めてんだよ」
「かっこいいなあ」
思わず言葉に出ていた。大将は気をよくしたらしく鳥皮をサービスで出してくれた。歯で串から抜く。
「オレの焼鳥は死ぬほどうめえだろ?」
「はい、とっても」
頬張ると不意に涙が出てきた。ぽろぽろ零れて止まらない。涙を振り払うように酒を飲んだ。人生最後だからと二日酔いの心配もせず飲んだ。あとのことは覚えていない、気がつくと朝だった。
起きると自宅のソファで頭がガンガン痛んだ。そして地球は消滅していなかった。ニュースを見ると米軍が隕石の迎撃に成功したとの文字が目に飛びこんできた。
こうしてまた平凡な日々が始まった。地球最後の報酬は使わず大切にとってある。
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