【ゴミ】世界ゴミ万国博覧会2018 in 東京

 2018年秋、世界ゴミ万国博覧会が東京で開催された。

 開催初日、ゴミ処理施設に勤める義雄は胸を躍らせ家族と共にエントランスの行列に並んでいた。早めに来たのだが開場一時間前でも会場は超満員で世間の期待度が高いことが窺えた。

 一方、世間とは反対に義雄の家族の期待は低かった。ゴミなんか見てどうするんだとしきりに反対する長男と長女、ただ妻のみは乗り気でそれには幾分か心が救われた。


 乾いた秋風にさえ微かにゴミの臭いが混じっている。普通なら気付かないレベルだが、日頃から嗅いでいる義雄にはそれが何の臭いかさえ判別できる。いわゆる職業病だ。

 十時に開場、皆、チケットを購入し入っていく。義雄は前売り券を購入していた。一人二千五百円と高かったのだが、当日券はさらに高く一人三千円とさらに高い。

 チケットを渡すと来場者プレゼントを貰った。糸くずだ。長男が「ゴミじゃんか」と吐き捨てようとするのを慌てて拾った。私のもあげると長女が差し出すのでそれを受け取り、妻からも貰ってまとめてジッパー付きの小袋に入れた。


 入ってすぐ驚愕の光景が広がっていた。中央広場に太陽の塔を模したゴミの塔が立っていた。全長二十メートルはあろうかと言う巨大な塔が悪臭を放ちながら義雄たちを悠然と見おろしている。ちゃんと顔も手もありリアルに再現されている。


 版権関係は大丈夫なのかと内心疑りつつ入場時に貰ったリーフレットを広げた。悪趣味なゴミの塔の真下に位置しているのはホスト国である日本館、遠目から見ても分かるのだがあれはただのゴミ屋……(自主規制)。


 すぐ近くにドイツ館とイタリア館、少し離れて目当てのオランダ館がある。義雄は総合的に判断し、まず目当てのオランダ館、次にドイツ館、様子を見ながら日本館に行くことにした。


 オランダ館は屋根に巨大なイミテーションの風車が付いていて白を基調とした壁に満開のチューリップが描かれていた。中はエコ大国オランダの街並みが描かれ、実物のデザイナーズゴミ箱が種々設置されていた。どれも奇抜なデザインで目を引く。長女は目の色を変えてそれに見入っていた。


 ゴミ箱のゾーンを抜けるとオランダとコンポストというテーマで展示がされていた。農業高校に通う長男は「学校にあるし」と一見つまらなさそうにぼやいていたが、その言葉とは裏腹に展示されたゴミ処理機に見入っていた。日本製とは違ってファッショナブル、おしゃれで妻も欲しいわと羨望の眼差しで見ていた。


 すると都合よく出口付近にお土産売り場があった。長女はブリキのゴミ箱を買い、長男に欲しいものはないのか尋ねるとゴミ処理機が欲しいという。価格帯はどれも五万円代、すごく迷ったが妻も欲しがったため一番安いものを購入した。


 オランダ館を出てドイツ館に向かうとすでに長蛇の列で待ち時間は三時間、これには閉口し別へ向かうことにした。しかし、どこもいっぱい。唯一待ち時間が一時間未満のパビリオンがあった。日本館だ。

 行くべきか二の足を踏んでいたが長男が「どこでもいいからいこうぜ」と苛立ちを見せたため仕方なく日本館へ行くことにした。四十五分ほどの待ち時間の間に何か食べる物をと、妻が野菜クレープを購入してきた。皆で頬張るがなかなか美味しい。しかし、嬉しそうに食べる長女の持ったクレープの包み紙を見て固まった。


『本品は全てゴミを使用しています』


 薄くて見えづらい小さな文字だが確かにそう書いてある。皆に気取られぬよう息を潜めてクレープを食べ終えると皆の手から颯爽と包み紙を回収してゴミ袋に入れた。


 日本館の入り口でマスクが配布された。もう嫌な予感しかしない。中からは悲鳴にも似た嘆きの声が聞こえてくる。眉をひそめて一家は中へと入っていった。


 中はただのゴミ屋敷、ボードの説明には実際にあったゴミ屋敷を忠実に再現したものとある。その下には但し書きがあり、展示物の持ち帰りはご遠慮くださいとある。誰が持って帰るものか。


 玄関から入り廊下らしきところを抜け居間にきているはずだがそれさえ分からない。何しろ壁までゴミに覆われているのだ。人が一人やっと通れるくらいのところを顔をしかめながら通り抜けていく。マスクをしていてもゴミの匂いは強烈で鼻が歪みそうになる。ふと開けたところで先頭を行く長男が足を止めた。

 どうした、と声をかけると「親父、あれ」と洋服の山の一角を指さす。見慣れた作業着の袖にオレンジの刺繍で『川村義雄』とある。義雄の作業着だ。頭が真っ白になり妻を見ると「公募でゴミ募集してたからパパの記念になればと思って」とはにかんでいる。


「俺の仕事着はゴミか……」


 義雄はやるせない思いでゴミの山に近づくとこっそりその作業着を大事にかばんに仕舞った。

 帰路、妻と長男と長女は楽しかったと笑みをこぼす。最後尾には寂しくついて行く一家の主の後姿があった。

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