【伝言】注文が多い料理店

「オーダー、地中海の風コース。前菜のマグロとアボカドのマリネはアボカドを抜いてマヨネーズソースをかけてください。サラダにはクルトンの代わりにアーモンドを。パンはバターではなくオリーブオイルと塩で。スープはぬるめの三十度くらいでパセリの代わりにイタリアンパセリを浮かべて欲しいとのことです。メインは肉ではなく白身魚をご希望です。あればスズキを。デザートはバニラアイスではなくゆずシャーベット、食後のコーヒーはモカとのことです」


 聞いた店主の山城は顔をしかめた。マヨネーズソースなんて作ってないし、スープは温かいしイタリアンパセリは買ってこなければならない。冷蔵庫にある白身魚はタイとアユとイサキだけでデザートはバニラアイスのみ。おまけに食後のコーヒーはジャワを淹れるつもりだった。


「マヨネーズソースは作るとしよう。アーモンドも了解だ。スープは氷で冷やす。パセリとアイスだけは堪えてくれるよう頼んでくれ。スズキはないのでアユにすることも。コーヒーはモカだといって誤魔化せ」


 ボーイはすべてメモに取ると慌てて客の所へ向かった。それを見届けると山城はふうっと息を吐く。


「変わった客がいるもんだ。あんなに長いオーダーは初めてだよ」


 笑うと雇われコックの笹部もハハハッと笑った。


「アーモンド、ローストしますね。スープも冷やします」

「ならオレは今からアユのコンフィを作る。せっかくいい肉が手に入ったのにな。残念なお客さんだよ」


 そうこぼして山城は冷蔵庫を漁った。やや小さめのアユを掴むと、「出番だぞ」と声をかけて調理台へと向かった。


 アユをさばこうと構えたらボーイが顔面蒼白で駆けこんできた。


「すみませんオーダー変更です! 魚は白身じゃなくて赤身がいいそうです。あとバニラアイスは嫌いだから、それならビワのソースをかけたババロアを作って欲しいとのことです」

「赤身魚だと前菜のマグロと被る。出せるのはアジかサンマかカツオだ。ビワなんてないぞ。ババロアか、めんどくさいことを言う客だ。マンゴーのソースでいいか聞いて来てくれ」


 再びボーイが駆けていく。が、またもすぐに帰ってくる。


「それならメインはカニでいいそうです。マンゴーはアレルギーがあるからイチゴのソースにしてくれとのことです」

「カニだと? 原価割れする。料金が上がっていいのならそれでやる。聞いてきてくれ。ソースはイチゴでOKだ」


 ボーイは再び走りすぐに戻ってくる。


「カニは上海ガニがいいそうです」

「中華料理店じゃないんだ! 上海ガニなんて置いてない!」


 憤りを隠せない山城。その横で笹部がポンと手を叩く。


「タラバならありましたよね? それでいいんじゃないです?」

「見た目も味も大分違うぞ?」

「身をほぐしてコロッケにしましょう。そうすれば分かりません」


 山城は納得したように頷く。


「よし、カニクリームコロッケを出す。これで納得させてきてくれ」


 ボーイは走っていった。がやはり帰ってくる。


「コロッケはお嫌いだそうです。あと上海ガニでコロッケをやるのかと不振がっておいででした」


 どうやらボーイは説得できなかったらしい。山城がうーんといって黙りこむ。それを見たボーイが不安げにどうしましょう、とつぶやく。


「ったく、面倒な客だ。よし、ならカニクリームパスタでどうだ? これ以上はこっちも譲れん」





「メインにパスタを出すのかとお怒りです」


 伝えるボーイの声が尻すぼみに小さくなる。


「あー、もううるさい客だ! オレが直接話してくる!」


 山城は調理器具を放り投げ、怒りのまま店内を進んだ。あとからボーイが慌ててついてくる。


「どの客だ!」

「あちらのお客様です」


 ボーイが示したのは中央の二人掛け席に一人で座る老人の客だった。高そうな金の時計をしたいかにも、な男性客だ。


「お客様、本日はご来店いただきまして誠にありがとうございます。私は調理を担当しております店主の山城と申します」

「うむ」

「当店では決められたコース料理をメインにその時々で最高の食材を提供しております」

「それで?」

「お客様のご要望にはお答えしかねます。コース内容はどうか信頼して私に任せて下さいませんか」


 老人はすぐに顔をしかめた。


「食べたいものを食べたいと言って何が悪い」

「用意したコース以上の物はお出しできません」

「客の要望に応えるのが商売じゃないのか!」

「お客様をご満足させるのが私共の役目だと思っております」

「そこまで言うのならいいだろう。自慢のコースを持ってこい」

「かしこまりました」


 山城は厨房へ戻ると通常のコースの準備を始めた。





――閉店後


「怒ってお帰りでした」


 皿を下げてきたボーイが話す。


「そうか」


 苦労したのに、と山城は肩を落とす。今日は何だかもう疲れた。


「あ、でも」

「でも?」

「また来るそうです」

「…………」


 そうか、と脱力したがそれ以上の感想が出てこない。それが老人の残した伝言だった。

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