【復讐】デッドオアアライブ in 都寿司
俺には今殺したいほど憎んでいる男がいる。
男は毎週金曜の夜八時、店へとやってくる。通称十番さん、カウンターの十番席のみを所望し、必ず寿司を握る俺の前へと居座る。ハンチング帽を被り高そうなストールを巻いてブランド物の時計を付け、安い回転寿司に舌鼓する初老の客だ。
通を気取り手づかみで寿司を食べ、ネタの切り方が悪いとか握りが固くて口の中でほぐれないとかいろんなことを言ってくる。悪い人ではないと思うのだが如何せん注文が多すぎる。金持ってんなら回らない寿司屋へ行けよと思うのだが、彼は飽きもせず通い続けている。店には面倒な客として認知され誰もが接客を嫌がる。そいつの専らのターゲットは俺だ。
一度逃れようと店奥で握っていたのだが先輩の安田さんに「お客様がお前を御所望だよ」といわれ、げんなりして行くとやはり十番さんが待っていた。彼は顔もあげずご機嫌でメニュー表を眺めた後、「近海物を貰おうか」といった。
時が止まる。「近海物って何ですか?」と聞き返すと「そんな事も知らずに店員をやってるのか!」と怒鳴られクレームになった。店長が呼ばれぺこぺこと頭を下げその後ろで俺も深々と頭を下げた。寿司屋で近海物を知らないのは確かに恥かもしれない。でもバイトごときいいじゃんかとも思う。
勤務後ネットで調べるとヒラメ、アジ、タイなどの近海で獲れる魚とある。アジが欲しいならアジって言えよ、と愚痴た。
翌週俺は十番さんに備えた。近海物、天然物、養殖、何でも来いと意気込んだ。十番さんはやはりやって来た。席に座るなり「カタオモイを握ってくれ」といった。
「へ?」
結局それもクレームになった。カタオモイとはアワビのこと、店長が謝り俺も謝った。十番さんが帰ったのを見届けると店長に「すみません」と謝った。店長は「今時カタオモイなんて言う人少ないからね」と笑ってくれた。
ある時、十番さんに「アニキがたくさん回ってるからオトウトを増やした方が良い」とアドバイスされた。さっぱり何のことだか分からない。聞き返すと苛立ったように「回ってる寿司が古いって言ってんだ、そんなことも分からないのか!」と怒鳴られ再びクレーム、以降そんなことが続き五回目の謝罪の後、俺は店長に呼び出された。
「笹倉君困るんだよ、僕は一応責任者だけどべつに謝罪するためにいるわけじゃないからね」
「でもあのお客さん普通じゃ知らないようなことばっかり……」
「知らないなら知らないで、『申し訳ありませんお客様、私の勉強不足です』とかいい方ならいくらでもあるだろう。正直クレームになるってのは君の応対の仕方にも問題があると思うよ? あ、来週からシフト金曜入れないから。代わりに日曜出てきてよ」
「いや、日曜はちょっと用事があって……」
頭に可愛い彼女の顔がチラつく。
「じゃあ、水曜は?」
「午後は授業があって」
「じゃあ、仕方ないね。金曜のシフトだけ減らすよ」
「待ってください! それならやっぱり日曜に」
週に一度のデートの日だったが仕方がない。デートに行けなくなった俺は結局、可愛い彼女と自然消滅する羽目となった。
彼女とは自然消滅したが十番さんはやって来た、……日曜に。他のスタッフにオレのシフトを確認し「それなら日曜に来るよ」といって。
抹殺するしかない、そう思った。俺は復讐を胸に、便所に行って大をしたあと手を洗わずに彼の寿司を握った。十番さんはそれを満足げに頬張った。
馬鹿目が! 心中で叫ぶ。以降、毎週毎週手を洗わずに握った。十番さんは相変わらずクレームを言ってきたが便所寿司を食べていると思うとそれは苦痛にならなかった。次第にもっと分かる形で嫌がらせがしたいと思うようになった。
俺はその日からワサビを増量し始めた。少しずつ、少しずつ。始めは軽くむせる程度。真綿で首を絞めるように増やしていく。愉快だった。冷視線で彼を見おろしていると目が合った。彼の目に火がともる、こちらの意図に気づいたらしい。
むせるのを止め、
「これくらいワサビが効いてる方が美味い」とニヒルに言った。
十番さんはワサビに耐え続けた。決意した俺は満を持して究極の最終兵器ハイパーデスロールを作ることにした。ワサビを海苔で撒いただけのワサビ寿司8巻セット、米は1粒も存在しない。
「サービスのかっぱ巻きです」
出すと十番さんの顔が引きつった。明らかに躊躇している。俺の顔を一瞥した後、目を瞑り一つ口に放り込んだ。
「ぐ、ぐうぉ……」
直ぐに呻きごえをあげた。次第に彼の眼から涙があふれる。脂汗を流し指が震えている。そしてどたんと倒れるように机に突っ伏した。
(勝った……)
安堵しかけた瞬間十番さんがゾンビのように二つ目に手を伸ばした。
(なんだとおおおおおおお!)
結局十番さんは震えながら完食した。空の皿をあざ笑いながら、十番さんはそっと顔をあげる。
「……坊主、もう1皿貰おうか」
勝負に負けた俺は程なくしてバイトを辞めた。
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