【実家】実家作り体験教室

 世の中にはいろんな事情で実家の無い人々がいる。僕もその一人、そう僕には帰る実家がない。生まれた時から天涯孤独、ずっと児童養護施設で生活してきた。

 しかし、今日語りたいのはそんな悲しい身の上話じゃない。今日僕は人生をかけてあるツアーに参加した。『実家作り体験教室』、つばめバスの主催する体験型ツアーだ。


『さて、間もなくバスは深見村へと到着です。お降りの際はお忘れ物などないようお願いいたします』


 ボストンバッグを握りしめ、気負う心を押さえられない。今日家族ができる、そんな期待で胸が膨らむ。隣の席の山辺さんもそわそわしている。ここに来るまでの道中色々と身の上話をしたが、彼は実家とは喧嘩して疎遠となり新しい実家を作るつもりで参加したのだという。


「楽しみですね、親父とかお袋って呼んでいいのかな?」

「さあ」


 期待のあまり自然と顔がほころぶ。


『あっ、みなさん見えてきましたよ。ご家族です。手を振ってあげましょう』


 ガイドさんが明るい声で率先して手を振る。明言しておくが勿論実際の家族じゃない。僕らを受け入れてくれるホスト家族だ。


『ただいまー』


 ガイドさんの声に合わせて皆も満面の笑みで手を振る。

 到着してバスを降りると両親たちが温かく迎えてくれた。


「おかえりー、長旅お疲れ様」


 母親が労い、父親が「一段と逞しくなったな」と肩を叩く。もちろん会うのは初めてだけれど。そこは愛嬌かなと思う。

 バスの到着場所から参加者は車で村中に散っていく。今日から三日間の実家生活の始まりだ。


 実家につくと豪勢な料理が準備されていた。


「今日の料理は姉ちゃんが作ってくれたんだぞ? オレが釣ってきた魚を今朝捌いたんだ」と父。


 なるほど確かに美味しい。というか、家族多くない? 

 僕を迎え入れてくれた清水家は九人家族の大所帯だった。祖父母に両親、姉とその旦那と二人の子供、それに妹。ふむ、僕はおじさんになるのか。


「仕事いつまで休みなんだ?」

「六日まで」


 鯛の刺身を頬張りながら答えた。


「父さん僕釣りに行きたいな」

「そうか!」


 父はこぼれるように破願する。余程嬉しかったらしい。

 食事を終え部屋に行くと蚊取り線香の匂いがした。なつかしさが木霊する。

 ここは穏やかですごく静かだし、都会の喧騒など忘れさせてくれる良いところだ。目を瞑ると心に里山の香りがした。


 二日目は釣りにいった。近所の岩場から竿を投げる。釣りは人生で二度目、一度目は大学の時に友達と。その時は小さな鱚一匹しか釣れなかった。


 垂れた竿がしなる。アタリだ。「一気に巻き上げろ」と父の助言で僕はメジナを釣りあげた。


「やるじゃないか」


 父の弾けそうな笑みにこちらまで嬉しくなる。今晩塩焼きにしようと父がいった。

 午前中いっぱい釣りをして、帰ると家の前で義兄が薪割りをしていた。風呂をそれで沸かすという。薪割りの経験がなかったので試しに一つ二つさせて貰ったが中々難しい。芯に当たらず苦労した、コツがいる。


 ここで将来暮らすんなら薪くらい割れないとなあ、との父の言葉に淡い期待を抱いてしまう。


――オレは本当の家族になれるのだろうか?


 皆実の家族のように優しい。心から歓迎してくれていることが分かる。嬉しさがこみあげ、その夜布団で泣いた。こんなぬくもりを人生で感じたことがなかった。

 明日帰る、お世話になったお礼に僕はお手製の料理を披露することにした。


 翌日、台所を借りて作るのはイタドリの煮物だ。施設で覚えた育ての親の美琴さんの自慢の郷土料理だ。イタドリはあらかじめあく抜きしたものを持参している。

 何を作るのだろうと姉の子供たちが物珍しそうにのぞきこんでくる。イタドリだよと言うとイタドリ~何それ~と返ってくる。この地方じゃ食べないから無理もない。

 出来あがったイタドリを出すと皆が不思議そうな顔をした。


「いただきまーす!」


 真っ先に姉が箸を伸ばす。皆はその反応を見ている。


「ん~まい!」


 それを見て皆次々に皿に取り始める。

 評判は上々でホッとした。その晩も楽しい酒が飲めた。翌日帰るので二日酔いに気をつけながら、しかし気がつくと居間で姉の子に添い寝をされ寝ていた。


「みなさんありがとうございました! 三日間楽しかったです」

「何言ってるの。いつでも帰って来なさい」


 母が朗らかに笑う。まだ家族ごっこは続いているのだろうか。


「ありがとうございました」


 最上の謝意をこめて丁寧に頭を下げる。


「またねー」

「バイバーイ」


 姿の見えなくなるまで家族はバスを見送ってくれた。


 後日、手紙が届いた。つばめバスからだった。


――洋輔へ。この度の帰郷大変嬉しかったです。家族みんなお前のことが大好きです。いつでも戻っておいで。みんなで待ってます。


 言葉のぬくもりに涙がこぼれそうになった。封筒を確認するともう一通入っていた。


――この度はつばめバスをご利用いただきありがとうございます。本ツアー中オプションをご利用いただきましたのでそちらをご請求いたします。


 釣り体験:五千四百円、薪割り:二千百六十円、添い寝:五百四十円


 期日までに下記口座にお振込みをお願いします。


 涙が引っこんだのはいうまでもない。

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