【ゴミ】おにぎり金魚宇宙を泳ぐ
パッケージを見て味の書いてあるシールの色と大きさをチェックする。そして気に入った橙の鮭と赤の梅干を各三個ずつ手に取る。会計を済ませコンビニを出るとまっすぐ近くの公園へと向かった。
昼下がりの公園では就学前の子供たちが賑やかに遊んでいた。ジャングルジムに登ったりブランコを取り合いしたり砂場でお山を作ったりしている。尊はベンチに腰かけ、袋を開けた。
昼食におにぎり六個は多すぎる。けれどもそれを食べなくてはならない事情がある。勢いよく開封するとシールが裂けた。けれどもそれは気にしない。食べた後のおにぎりのフィルムを使用するというのが信条だから。気を使って丁寧に開けられた傷の無いシールでは意味がないのだ。
尊はおにぎりにかぶりつくと涼やかな五月の空を見上げた。
ジャンクアートと言う芸術分野があるのを御存じだろうか? 廃品で作られた芸術作品のことを指し尊はこれを専門にするアーティストだ。今現在『ゴミ革命』という展覧会の作品作りに取り組んでおりそのためおにぎりフィルムが必要なのである。作品は七割ほど仕上がり、おにぎりフィルムの金魚魚群が完成しつつある。
尊は昼食を終えアトリエに戻るとコンビニの袋を開けた。持ち帰った開封済みのおにぎりフィルムを手に取りまず裏面、成分表示の白シールを金魚の体形に切り抜く。次に色シールを金魚の体のマダラ模様に見立ててちぐはぐに切る。
色シールを張りつけた金魚を作品に当てながらそれぞれの居場所を探していく。居場所が見つかると作品にそっと泳がせた。六匹全て貼る終えると次は余った成分表示の白を丸型に切り抜く。
背景の宇宙の煌めきを表現するためだ。宇宙の大部分は紫、紫のシールを探すのには随分苦労した。あちこちのコンビニチェーンを回りようやくナス味噌おにぎりを見つけた時の喜びは格別で、店の在庫全てを買い漁り翌日の分を予約して帰った。
それから三か月間ナス味噌おにぎりを朝に四個、昼に六個、晩に八個食べ続けた。それだけでは材料が足らず、さらに十時と三時のおやつに二個ずつ食べるようにした。
そしてようやく宇宙の下地が完成し、今はただひたすら背景に手入れしながら金魚を泳がせるという作業をしている。
いよいよ完成の日、尊は金色シールの極上出汁巻き卵味を十個買った。シールを丁寧に刻み作品に色化粧するように金色を施していく。
タイトルは『宇宙の川』、完成した作品を見て万感の思いが押し寄せた。
作品の搬入日、尊は友人に軽トラックを借りて作品を持ち込んだ。美術館にはすでに多くの作品が集っていて係員が受付をしていた。尊のもとにも係員がやって来てぺこりと頭を下げた。
「出品ありがとうございます。こちらの規約をお読みになったあとこちらの用紙にサインをお願いします」
彼が渡したのは作品出品に関する細かい規約と注意事項だった。『作品が売れた際は売価の七十%を作者の取り分、三十%を主催者の取り分とする』とある。また、『売れ残った作品は全て主催者が買い上げた後、所有権は主催者に帰属する』とも。ホームページで見た通り、すなわち出品イコール作品とのお別れである。
何人かのアーティストが受付で思い留まり作品を持ち帰っている。尊も手放すことに抵抗が無いわけじゃない。しかし、自分はジャンクアーティスト、作品とは商品でありそれで生計を立てていかなくてはならない。
書類を提出すると売れ残った時のための査定員がやって来た。穏やかな中老の男性で作品をしばらく見つめた後、五万八千円ですねと頷いた。
「そんな、困ります! おにぎり代だけでいくらかかったと思うんです!」
「やはりおにぎりでしたか、実に面白い」
「もう一声!」
「分かりました。六万三千円にいたしましょう」
尊は不承不承で同意し買取書にサインをした。どうせ作品が売れれば元は取れる。買い手がつくことを祈りつつ会場を後にした。
結論からすると作品は売れなかった。無名の作家の作品なのに設定した売価が三十万円ということもあり、興味を示した人もいたようだが売れ残った。他の作品の売約済みという赤い札を見るとどこか恨めしく思う。
売れ残った作品を見ると持ち帰りたいという衝動に駆られたが、作品はすでに主催者の物。作品を一体どうするのだろうと遠巻きに眺めているとつなぎを着た人がやって来て壁から作品を取り外した。外へと運びだして行く。
こっそりついて行くとそこにはパッカー車があった。つなぎの人はゴミ収集作業員だったようだ。彼らが薪にくべるように勢いよく作品を放り込こむとパッカー車はメリメリと音を立て作品をかみ砕いた。
ショックのあまり近くの係員に詰め寄ると「ゴミはゴミになるまでが作品です」といわれ唖然としたが、ゴミに成りゆく様を見て、ああそうかとどこか納得した気持ちになった。作品は再びゴミに戻ったことで日の目を見たのだと。
その夜、作品で得た金で友人と飲みに行った。出された割り箸を見つめながら今度は割り箸で作品を作ろうと思った。
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