【復讐】隣の柿はまだ青い
柿本太蔵は庭の富有柿の木を見るのが好きだった。
今年もたくさん実った。脚立を使いハサミで丁寧に収穫していく。一人では食べきれずまたご近所に配る予定だ。八分目収穫し、作業を終える。残りは小鳥たちのものだ。ついばみに来るのを密かな楽しみにしている。実が減り涼しくなった木を見上げるとさえずりが聞こえた。
ビニール袋を提げ、まず隣の宮内さん、次に真向いの土井さん、と思い描く。喜ぶ顔を想像し、インターホンを押すと宮内さんの奥さんがすぐに出た。
「まあ、綺麗な柿。いいんですか、こんなに?」
「ええ、一人じゃ食べきれませんから。すみませんがまた貰ってください」
「毎年、毎年ありがとうございます」
「いえいえ、それじゃ」
軽くお愛想すると土井さん宅へと向かった。
町内会長の山下さんがやって来たのは数日後の夜のことだった。玄関灯をつけると山下さんが身を縮こまらせていた。
「夜分にすみません」
「いえいえ、どうされたんですか?」
「実はこの間の町内会で意見が出まして……」
何の話だろうと怪訝な顔をする。
「御宅に柿の木があるでしょう?」
「ええ」
「その実を食べに小鳥がたくさんやってくるでしょう。ご近所の方から鳥の糞害がひどいという意見が出まして」
「えっ?」
「おまけに熟した柿が御宅の前の道路に落ちてつぶれているでしょう? それが汚いという意見も出まして。申し上げにくいんですが木を切ってくださいませんか?」
胸の内がかあっと熱くなる。
「誰がそんなこと言ってるんだ!」
怒声に山下さんが身を引いた。
「私は別にいいと思うんですが皆さんの意見なもので」
「皆言ってるのか!」
「いえ、皆というわけでは……」
「私は切りませんよ! 植えてるのはウチだけじゃないんだ!」
そう突っぱねると山下さんを締め出した。血圧が上がったのか頭がグワングワンする。しかし強くはねつけたもののやっぱり気になる。そうか皆が迷惑をしているのか。
翌日、太蔵は柿の実を全て獲った。小鳥たちは来なくなり楽しみが一つ減った。寂しく木を見上げていると塀の外から「柿本さん」と呼ぶ声がした。
「まあ、全部切られんですね」
二軒隣の小山さんが残念そうにつぶやいた。
「ええ、ご近所迷惑らしくて」
その言葉に小山さんが眉根をひそめた。
「この前の町内会でお隣の宮内さんの奥さんが随分大げさに話してたのよ、ご存知? 鳥なんかが集まるから随分迷惑してるって」
「えっ?」
太蔵は耳を疑った。
「切るように言ってくれないかって会長に詰め寄ってたわ」
太蔵は頭の中が真っ白になった。柿を笑顔で受け取ってくれた宮内さんがそんなことを言っているなど到底信じることができなかった。
太蔵は自宅に籠りチラシを見つめながらずっと宮内さんのことを考えていた。そんな嫌がらせをする人だろうか。しかし、そんなところがあるといえばあるかもしれない。
太蔵は悔しかった。柿など渡さなければよかった。チラシをくちゃくちゃにし、怒りのまま宮内家に向かった。
インターホンを数回連続で押すと出てくるのをじっと待った。
「あら、柿本さん」
「柿を切るようにいったのはあんたか!」
「ああ、いえ。そんなこといったかしら?」
「迷惑なら迷惑と直接いえばいいだろう!」
怒鳴って、自宅に戻ると不機嫌に扉を閉めた。腹立たしくて苛々し、大切にしていた壺を一つ割ってしまった。
それから宮内との仲は急速に悪化し、お互いにゴミを投げ入れたり無言電話をするようになった。宮内は近所に太蔵の悪口をこれでもかといいふらした。
翌年、敬老の日がやって来た。毎年敬老会への出欠を伺う紙が回覧板で回ってくる。しかし、今年は来なかった。どうしたものかと前の道路に出てきょろきょろとしていると小山さんが通りかかった。
「あら、柿本さん! いらっしゃるじゃない! 敬老会に来てなかったからどうしたものかと思ってましたのよ」
「えっ?」
小山さんによると会は午前中に公民館でお弁当が出され終わってしまったという。太蔵はすぐさま班長の宅へ行き抗議した。班長によると敬老会を知らせる回覧板が戻って来た時太蔵の欄には既読のサインがあり出席希望者のところに名前が無かったので欠席と判断したという。
そんな回覧板が来た記憶はない。すぐに宮内の顔が思い浮かんだ。頭の中で何かがぷつんとはち切れる音がした。太蔵は自宅に戻ると床の間の猟銃を手にし、宮内宅へと突進するように向かった。
数秒後年老いた悲鳴と共に銃声が住宅街に轟いた。
事件は二日後テレビで報じられた。
『お昼のニュースをお伝えします。山手町の住宅街で宮内マキさん六十五歳が殺害されました。犯人は隣に住む柿本太蔵容疑者七十三歳で調べに対し柿本容疑者は敬老会に参加出来なくて腹が立ったから殺したと供述しているということです。警察では二人の間に以前からトラブルがあったとして……』
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