【片想い】弁当
朝登校したオレは下駄箱を見てぎょっとした。弁当箱がどんと置かれていたのだ。警戒し周囲を確認するが誰もいない。
大丈夫。そっと弁当箱に手を伸ばす。バンドに紙が挟まっていて可愛い字で『良かったら食べてください』とあった。ほくそ笑み、そっと鞄に仕舞うとそそくさと教室を目指した。
オレの通っている高校は男女共学ですなわちこれはオレに淡い恋心を抱く女子からの贈り物という可能性は十二分にある。自分で言うのも情けないがオレの容姿は大して優れているわけでもなくこれは千載一遇のチャンスと舞い踊った。
昼はいつも購買のパンで済ます。しかし、今日は違う、なんと弁当がある。いつも一緒に食べる風太と拓人にだけ弁当をそっと披露した。
「あれ、純也弁当? めずらしいじゃん」
風太が物珍しそうに言う。
「へっへぇ、貰ったんだ」
「貰った?」
二人が怪訝そうな顔をする。
「今朝、下駄箱に置いてあったんだ」
「えっ、誰からか分かんないの? 怪しくね?」
風太が嫌そうな顔をする。
「まあ、まあ。見ておどろけよ」
煽りながら蓋を手に持つ。中身は朝こっそりカバンの中で見ているから知っている。
「おおー」
二人がまぶしいものでも見るような顔で覗いた。
卵焼き、きんぴらごぼう、枝豆、ハンバーグ、プチトマト。お手本のような弁当だ。下段のご飯にはでんぷでハート模様、まるで愛妻弁当のテンプレのような中身に二人とも若干引いていたがオレは「うーん、上手い」と完食した。
空の弁当箱は考えた末、元の位置に戻した。そうすれば弁当の主が回収してくれると踏んで。弁当を下駄箱に戻しパンパンと祈る。明日もありますように。
翌日、弁当は回収されて別の弁当箱があった。また、紙が挟んであり「今日も食べてください」とある。食べますよ、食べますとも! 心でそう呟きカバンに入れる。
「モテキ、来たのかなぁ」
弁当を食べながら呟くと風太がぶっと吹く。
「きしょいこと言ってんじゃねえよ。下噛むところだったわ!」
「純也にモテキ? うん、ないな」
飯を噛みしめながら拓人が頷く。
風太はバスケ部、拓人は野球部。二人とも元々イケメンだし、部活補正でさらにモテ度が上昇している。二人には万年帰宅部でフツメンのオレの気持ちが分からないのだ。
オレは二人を見返すためにも勇気を振り絞り、一枚の紙を挟んだ。ほんの少しの進展を祈って。
――美味しかったです。ごちそうさまでした。
翌朝下駄箱を覗くと弁当が有って、紙が挟んである。『好きなおかず教えて下さい』とある。
オレは返事した。
――タコさんウインナーです
翌日から弁当にはタコさんウインナーが入り始めた。
「オレがタコさんウインナーが好きって言ったらちゃんと入れてくれてるんだよ」
と、美味げにウインナーを噛みしめる。
「はいはい、分かったって」
拓人も風太も笑っている。
「お前さ、ここんとこ明るいじゃん。良かったな」
実はつい最近までオレは落ち込んでいた。片思いしていた子が別のクラスの片山というやつと付き合い始めたからだ。二人とも知ってか知らないでか陰で気を使ってくれていたと思う。
「やー、ほんといいことってあるんだな」
人生捨てたもんじゃないなと思った。
翌日調子に乗ったオレは少し攻勢に出た。
『お名前教えてください』
かなり期待して返事を待ったのだが返ってきたのは
――内緒です。
二人に相談すると「恥ずかしいんじゃない?」とか「あんまり人に噂されたくないのかも」とか適当な答えが返ってきた。
諦めきれないオレは朝ものすごく早く行き、陰でこっそりその子の登場を待った。弁当を置いた瞬間を狙って鉢合わせするという作戦だ。しかし、待てど暮らせど女子は来ない。
「ついに来た!」と思ったら来たのはまさかの風太と拓人だった。二人は周囲を警戒しながらカバンをごそごそと漁っている。嫌な予感が駆け抜ける。もしや、あの弁当は……
取り出したのはやはり弁当であった。二人が何か話してる。
「ちくきゅうが食べたいですだってさ」
「ああ、ならオレ明日作るわ」
「頼むな」
「おう」
昼、オレは不機嫌でむっつりとしながら弁当を食べた。
「なあ、純也美味い?」と風太が問うてくる。
「べつに」
「タコさんウインナー今日も入ってるじゃん」
拓人も中々にわざとらしい。
「機嫌悪いね?」
「べつに」
「いっつも弁当くれる子がいるってニコニコしてんじゃん」
「じゃあ、言うけど明日から弁当作ってくれなくても良いから!」
シーンと場が静まりかえる。
「……知ってたの?」
風太が苦笑いをする。
「今朝二人が弁当置いてるとこ見た!」
「そっかー」
拓人が頭を抱えた。
「なんでこんなことしたの?」
「純也さあ、失恋して元気なかったじゃん?」
「だから?」
「元気出たっしょ?」
「まあな」
認めたくないけどまあ事実。
「明日はカニさんウインナーでいいから」
「もう作んねえよ」
冗談の間合いにふっと笑みが出る。
優しい友達を持ったことがオレの自慢だ。
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