第22話 その日は終わって、まだ始まらない。

 煙草を一本丸々吸い終わるまで、月夜は沈黙していた。

 吸い殻を携帯灰皿に入れたのとほぼ同じタイミングで、月夜が目を開いた。


「登未くん」


 登未を見て月夜が小さく呟く。

 携帯灰皿をポケットに入れながら、登未は月夜の顔を見る。


「なんか、考えてたのと違う」


 月夜は眉を寄せて登未を見ていた。

 目と眉だけを見れば、不服を告げている。

 登未は顎に手を当てて、ふむと頷く。

 月夜が唇を尖らせていた。不服と言うよりも、拗ねているのが近そうだ。

 言いたいことがあるようなので、掌を差し出して言葉の続きを促す。


「こんな一方的になるなんて、考えてない」

「さいですか」


 どうやら、登未が月夜を励ましたことが不服だったようだ。

 抗議するにしても、他にあったのではないかと登未は笑ってしまう。

 登未の笑いは、月夜にとっては更に不満を募らせるものだったようだ。

 月夜は登未の足を拳で押した。


「だって、普通。もうちょっと、こう、優しく、慰めて、くれるとか」


 ぽすぽすと登未の足を殴りながら、月夜は登未に抗議を続ける。

 痛みはないが、可愛らしい抗議に言葉を詰まらせた。

 だが、そんな反応をすれば、更に月夜を怒らせるだろう。

 肩をすくめて、月夜に悪態を吐いてみる。


「俺が普通に見えていたか。すげえな」

「わたしは、登未くんをどんな風に見てれば良かったんだろう……」


 月夜の攻撃は止まらない。片手だけでなく、両手でリズミカルに叩き始めた。

 なかなかリズム感がある。ドラムを一度叩かせてみたいと無意味なことを考える。


「ま。嘘は言ってない。珍しくも、本心からの言葉だよ」

「……それは、うん。伝わったけど」


 月夜の攻撃は片手に変わった。左手でスローペースのリズムとなった。

 登未から顔を逸らした月夜は、ぽす、ぽすとリズムを刻む。

 8小節ほど続いた後、月夜はぽつりと言葉を漏らす。


「でもさ」


 拳を止めた月夜は顔を上げて登未を見る。

 目に浮かぶ色は、疑問だった。


「頑張れって、登未くんは言ったじゃん?」


 月夜の努力を理解してしまった以上、俯いて足を止めさせるのは勿体ない。

 努力を認め、背中を押したいと思っていた。

 それ故に、登未は月夜を励ました。


「何すればいいんだろね?」


 月夜が首を傾げた。

 予想外の反応に登未は目を瞬かせる。


「わ。登未くんが固まった」


 逆に月夜は登未を見て、嬉しそうな顔をする。

 人が困る姿を喜ぶとはどういうことだと、登未はげんなりした顔を浮かべた。


「いや、待ってくれ。何って、努力を続けるってのは?」

「や、止める気はないんだけど……。正直なところね、何にも解決しないような気がする」


 月夜は困ったように眉をハの字にする。

 登未は月夜の言葉を、脳内で反芻する。

 何も解決しない。

 

(確かにそうかもしれない)


 月夜は努力をしている。

 より可愛くあろうと外見に気を使っている。

 異性の視線への怯えを克服しようと、男だらけの職場へ勤めている。


 月夜は恋をすることを諦めていない。

 そのうち、異性の目を克服できるのかもしれない。

 だが、いつになるのかわからなかった。


「……なるほど、難題だな」


 打開策を月夜は見つけられていない。

 励まされて、困った顔をするのも納得した。

 そうなると、効果的な方法の模索が必要だ。

 登未は腕を組んで考え込む。


「……くしゅん」


 しかし月夜のくしゃみに顔を上げる。

 鼻をすする仕草に、気づいた。

 五月の夜は、冷える。

 ルームウェア姿の月夜には、寒いのも当然だ。

 このまま長話を続けて風邪をひくのも馬鹿馬鹿しい。


「とりあえず、中に入るか」


 登未は立ち上がり、月夜に手を差し出す。

 月夜は登未の手をじっと見ると、もう一度鼻をすすった。

 そして登未の顔を見て微笑むと、登未の手を握った。


◆◇◆


「ねえ。登未くん」

「……なんだろうか」

「登未くんの手、温かすぎない?」


 月夜は登未の手を両手で握って、まじまじと眺めている。

 ソファーに座った登未は、隣に座る月夜にされるがままだ。

 抗議代わりの呆れたような表情を月夜に向けることしかできない。


「よく言うだろ。心が温かい人は手が冷たいって」

「登未くんは逆で、心が冷たい? よく言えるね」


 月夜はナイスジョークと言わんばかりに、肩をすくめる。そして、手を離す気配がない。

 むしろ暖を取るように、両手でしっかりと登未の手を抱える。


「はー、あったかーい」

「……暖房、つけないかね?」

「いやだよ、光熱費が勿体ない。こうしてれば、わたしは平気だし」


 気配どころか、そもそも手を離す気がないようだ。

 普通の男ならば、こうまで接触されていれば、感情やら股間やらが盛り上がるところだろう。

 月夜クラスの可愛さを有する女性ならば、尚のことだ。


 しかし枯れている登未には影響はない。

 月夜も登未が枯れていることを理解しているのだろう。

 怯えるどころか、警戒する素振りもない。

 ならば無理に振り払う必要もないと登未は諦めた。


「んじゃ、お前さんの問題をどうするか、だな」

 

 話の続きをしようと思った。

 月夜が抱える問題を、どのように解決するか。

 難題だ。容易ではない問題に、登未は眉をよせる。


「問題……、問題かぁ」


 月夜は、握った登未の手に顎を置いて、眉をハの字にした。

 人の手を顎置きに使わないで欲しいと思ったが、これも特に気にしない。

 指先に当たる月夜の顎が、滑らかで気持ちよかったことは理由ではない。


「あ、問題なら」

「ん?」

「そうだよ。教えてもらった、問題を解決するための方法で考えてみよ」


 登未が月夜に教えた思考整理の方法だ。

 先ほど月夜に復習させたのだ。

 登未は勿論、月夜も覚えていた。


「えっと、起きている現象の正確な把握と、問題点の抽出……」

「それと、……抽出した問題点の対処だな」


 月夜と共に考え始める。

 まずは、起きている現象の把握からだ。


「まず、わたしは男の人の下心が怖い」

「下心は、どうやって判断している?」

「それは、やっぱり目、かな?」


 瞳は心の鏡だ。

 思った感情は目に表れる。

 邪な意図を持って近づく男の視線を月夜は怖がってしまう。


「んー。ちなみに、俺の場合は?」

「興味がなさそう?」

「……すげえ、最悪な視線を向けてるんだな、俺は」


 月夜の言い分は酷いものだった。登未は反省しつつ、月夜の言葉を自分なりに解釈する。

 登未は、月夜に対して異性としての興味は微塵もないが、人して好いている自覚はある。

 つまりは、性的に興味を持たないが故に、近づいても平気なのだろう。


「仕事でも、それなりに平気そうだな」

「そだね。仕事が絡んでいる間は、割かし平気かな?」


 職場でも常に怯えている訳ではない。

 仕事の指示や、質問などでは、登未以外の男社員と会話をしている。

 単純に、目に浮かぶ感情に過敏なのかもしれない。


「まあ、そこはいい。現象の把握を続けよう」

「え? 現象って、男の人に怯えるんだけど……」

「違う。怯えて、どうなるんだ?」


 怯えるだけ、なのか。

 それとも怯えて、何か起きるのか。

 詳しく知らなければ、問題点の抽出に移れない。


「ん……、怯えて、か。なんだろう、胸がざわざわする、というか不安になるというか?」

「ざわざわ……、ね。何か思い出す的な感覚だったり?」

「言われてみれば。あの人と同じか、とか思って怖くなる? 嫌になる? のかも」


 月夜は上を向きながら、あーと呻いた。

 思い出しているのかもしれない。眉根がより、どこか嫌そうな顔をしている。


(うむん。トラウマ的なことだもんな。記憶のフラッシュバックみたいなもんか)


 現象の想像をしていた登未は、月夜の瞳に気づく。

 感心した顔を登未に向けてきていた。


「すごい。よくわかったね、登未くん」


 登未は苦笑しつつ、月夜から目を逸らす。褒められるようなことは、何もなかった。

 ただ自分の経験に照らし合わせただけなのだ。


「あー……、まあ。俺も似たようなもん抱えてるしなぁ」

「あ……、そうだったよね。登未くんは、どうやって解決したの?」

「してねえよ。何も」


 特に考えずに答えた後、登未は目を丸くした。

 月夜が、おそらく登未よりも大きく目を開いていたからだ。

 驚くようなことがあっただろうか。

 不能であることは、月夜は知っているはずだ。


「あれ? 俺、説明したよな。不能だって」

「恋心も抱けないし、劣情も消えたって聞いたけど、結局不能って何かまでは」


 月夜は首を傾げていた。

 ……明確に説明していなかったかもしれない。

 むかし話風に語ったことで、表現がぼやけてしまった。

 登未が女に捨てられ、恋ができなくなったことが強く記憶に残っているようだ。

 月夜の様子から現状を把握した登未は、今更なので素直に告げてみた。


「まあ、簡単に言うと。ちんちんが勃たないんだわ」

「……えっと、えっちな話?」

「えっちな話に繋がる話かな? そのえっちなことができない身体だ」


 だから下心が湧かないと月夜に告げると、月夜は言葉を詰まらせ眉根を寄せた。

 唇をとがらせ、どこか居心地が悪そうに、口を手で隠そうとした。

 下品な話は苦手なようだ。

 男に襲われそうになった月夜の過去を知ると、仕方ないのかもしれない。

 だからと言って、登未の手に唇を押しつけるのは止めて欲しかった。


「まあ、いいじゃないのさ。お陰で、お前さんは俺が平気なんだし」

「そうだけど、その、お……が勃たないのって、男の人には問題なんでしょ?」

「問題なんだけど、ね」


 月夜が上目遣いで、登未を見上げた。気遣う視線に、ばつが悪い。

 大袈裟な反応をされても困るだけだ。

 登未は渇いた笑いを浮かべて、肩をすくめる。


「俺は、お前さんと違って、もう諦めてるんだよ」


 登未は努力を放棄した。漫然と過ごすのみだ。

 自分の問題を解決する気は、とうの昔に亡くしている。


「……でも、登未くんだったら、色々対策とか考えそうだけど?」


 月夜に言われるまでもない。

 裏切られた悲しみを消す方法も、己の不能についても。

 登未は問題点を整理して、対策を考えた。


「考えたさ。でも、無理」

「……それは、どうして?」


 月夜の質問に、登未は言葉を詰まらせた。

 己の恥に近いことを、改めて口にするのは憚られる。

 しかし、自分の検討が月夜に力になる可能性を考えると、口を噤むのは得策でない。


「まあ、俺の問題を説明するとだな――」


 登未は真剣に人を愛した。

 その人物に関わる全てを幸福に感じていた。

 日常生活全てが色めいていた。


 しかし、全てが嘘だった。

 途方もない怒りに身を焦がした結果、登未は色を失う。

 日常生活は全て地獄のようだった。

 朝、起きて、昼、行動をして、夜、眠る。

 その全てに、女との思い出が蘇るのだ。

 華やかな経験は、忌まわしい記憶になっている。

 記憶が蘇れば、激しい怒りに身が焦げる。


「すげえぞ? 飯を食うだけでも、記憶がいて、殺意に包まれるんだぞ?」


 月夜に向けて、登未は凄絶な笑いを浮かべた。

 飯が美味いと感じるのも、脳裏に忘れたい女の笑顔がちらつく。

 景色を見ても、騙していた女の思い出が浮かんでくる。


 苦痛だった。蛆のように涌いてくる記憶が不快だった。

 慣れるまでに時間が掛かった。それでも、時たま衝動に駆られてしまうが。


「……そんなの、どうやって耐えてるの?」

「コツは、諦めること、なんだけど。これは、お前さんは真似しちゃダメな方法だな」


 登未は月夜に向けて、気弱に笑う。今は、登未の問題を悉に語る場ではない。

 月夜の問題解決を一番に考えるべきだと思った。

 話を元に戻すため、登未が問題の解決を放棄した理由についての説明を続けた。


「ま。俺の問題点は、一つ。涌いて出てくる記憶だな」

「でも、記憶って忘れる以外に……」

「方法はもう一個ある」


 登未は人差し指を立てる。ヒントは恋愛における男女差として、よく語られる話にあった。

 過去の恋愛をどう片付けるか、対処方法は男女で異なる。

 男は、名前を付けて保存する。女は、上書き保存する。

 男は過去の恋愛を大事な思い出にするのに、女性はアップデートするという、揶揄を目的に挙がる話題でもあるが、仕組みを紐解いていけば違うことに気づく。


(単に機会に恵まれない内向思考の者と、機会を得る外的思考の者との違いなんだけどさ)

 

 性格の違いなど、登未にとってどうでも良かった。

 大事なのは、記憶を新たな記憶で、『上書き』することにある。


「嫌な記憶は、良い記憶で上書きしてしまえば良いんだ」

「上書き……かあ」


 月夜は、登未の言葉を口の中で繰り返す。

 しかし頭上に浮かぶ疑問符は消えていない。


「でも。そこまでわかってたなら、なんで諦めたの?」


 当然の質問である。解決方法がわかっているなら、何故解決しないのか。

 至極当然な質問でもあるが、対する回答もシンプルなものになる。


「相手がいればなぁ」

「……、登未くん。モテるよね?」

「モテる、モテないは知らないけど。まあ、色々交際はしてきましたがね」

「なら、なんで?」

「あのねぇ。まず、俺は女に恋ができないんだぞ?」


 恋ができない登未にとって、難しい問題だった。

 上書きしたい記憶は、恋愛にまつわるモノが大半だ。


「恋愛できないのに、恋愛しようとしているんだぞ? 付き合ってくれる人が、どこにいる?」


 登未の問題を解決するには、新たな女性と交際するのが一番の解決だ。

 しかし登未には恋愛をするための、気持ちが湧かない。

 欲情もしないし、女性からすると体よく暇つぶしされているだけと思うだろう。


 登未の年齢も問題だ。

 三十代半ばとなって、手も出さない小学生のような恋愛をされては、堪ったものではない。

 奇特な女性が居たとしても、退屈してしまうと予測された。

 あるいは、呪わしい記憶を作り出した女と同じように、登未を利用するものだろう。

 枯れ果てた中年男性に付き合ってくれる人間などいやしない。


「そんな、恋愛ごっこに付き合ってくれる珍妙な人がいれば、話は別だけどな」

「……恋愛ごっこ、かあ」

「まあ、俺のことは別にいいさ。それよりもだ。そうだな……、お前さんも記憶が問題だとしたら、上書き保存ってのは、一つの手かもしれんな」


 登未は呵々と笑った後、思いついた考えについて検討を始める。

 月夜の問題は、襲った男の記憶が原因だ。

 男が下心を有して月夜を見れば、男を想起させてしまう。

 

(難しいな。こんなの相手にして、普通の男に耐えられるか)


 月夜の素の行動は身をもって知っていた。

 いくら試し行動の一環でも、満員電車で身を寄せることに抵抗がないのが月夜だ。

 厄介なことに、月夜は容姿にも優れている。

 スタイルもよく、顔もいい女性を前に、下心を押さえ込める男が求められる。


 更に言えば、月夜は若い。

 同年代の男で、鋼のような理性の鎖を持つ忍耐力に優れた男など、転がっているはずがない。


(これ、既婚者じゃなきゃ無理じゃね?)


 既婚者でも、配偶者に操を立てられるか、となると難しい。

 少なくとも、登未の周囲には居ない。

 浮気という甘美な響きに、思わず理性の縛りを捨てるだろう。


 妙案と思ったが、この方法には問題しかなかった。

 登未は首を項垂れさせて、深く溜息を吐く。


「……うん、上書きじゃなくて、別の方法を考えるかぁ……」

「……そ、そうだね」


 月夜も同意した。苦笑を浮かべているのは、同じ結果に至ったからだろう。

 しかし他の方法を、と言ってはみたが、簡単に浮かんでこない。

 呻き声をあげて考えても無駄だった。


「……なんだかな」


 袋小路に入ってしまった。

 こうなると、答えは出てきやしない。

 月夜も思案しているが、黙ったままだ。

 同じ状況にあると登未は判断した。


「これ、今夜は無理だな」


 月夜に掴まれてない方の腕を、ぐっと伸ばす。

 壁にかけられている時計を見る。

 今日が終わろうとしていた。


「とりあえず、今夜は寝るとしますか」

「そうだ、ね。答えも……出ないし、夜も遅いしね」


 月夜も時計を見上げた後、思い出したように欠伸をする。

 登未も疲れを思い出す。昼は友人とスタジオに籠もり、夜は酒を飲んだり、心を疲弊したりと、疲れることだらけだった。


 思い出してしまうと、眠気も生まれる。

 月夜につられるように、登未も大口を開けて欠伸をしてしまう。


「登未くんもおねむ、だね」

「そっちもな」


 月夜もソファーに肩をよりかけて、欠伸と一緒に目元に涙を浮かべていた。

 登未を見て微笑みながら、口を開いた。


「じゃあ、……今日はもう、おしまいだね」

「ん。疲れたわー……」


 登未はソファーの背もたれに体重を預けた。

 力を抜いて、深く息を吐く。

 そろそろ家に帰って、布団に入りたい。


(帰るか……)


 登未は帰宅する旨を伝えようと、口を開こうとした。

 しかし、と。自分の腕を見る。

 月夜に抱きかかえられたままだ。

 そして、月夜の目蓋は下がってきている。

 登未は慌てた。


「えっと、後輩さんや?」

「ん……、ごめん……。電気、消してくれると嬉しい……」


 登未は手を離して欲しいと伝えるつもりで、声をかけた。

 しかし、月夜の思考は現実から離脱しつつあった。

 テーブルに置いた照明のリモコンを登未に託し、月夜の瞳は閉ざされた。


「……や。待って欲しいんだが……」


 返ってくるのは、呼吸音のみになってしまった。

 暖を取るためだろう。登未の腕を抱きかかえる力が強い。


(どうやって、振り払えばいいんだ、こら)


 登未は月夜を見て、思考する。

 しかし眠気さんは登未も襲っている最中だった。

 抗いがたい攻撃だった。


「あー…………」


 月夜は異性を恐れている。

 だが登未は女性に欲情しない。

 問題はクリアされた。


 それに今日は、頭をよく使った。

 頭の片隅で、内なる声が囁く。

 休んでも良いじゃないか。

 抗う気力も、どこか馬鹿馬鹿しい。

 ならば、ここで寝ても別にいいか。


 深い思考をする余力すら奪われつつあった登未は、考えることを止めた。

 目蓋が下がることに抵抗するのも億劫だった。


 目を閉じれば、残る感覚は、聴覚、触覚、嗅覚だ。


 聞こえる寝息のリズムが、眠気を誘い。

 腕から伝わる温もり柔らかさが、眠気を加速し。

 鼻が伝える華やかな香りが、抗う心を鎮めに掛かる。


(味覚は知らねえや)


 そして登未は五感を放棄した。

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