第13話 荷物運びくらい男ならします
(結局、酒飲んでねえし)
登未は肩を揉みながら、駅の改札に向かって歩いていた。
飲みに行くと言われて出向いたが、実際は楽器を演奏し続けただけだった。
楽しくなかった訳ではないが、酒を鬼のように飲むことを覚悟していったこともあり、拍子抜け感があった。久々に身体を動かして、筋肉痛とまでいかないまでも、だるさもある。
(あー……。風呂、入りてえ)
男だらけで音楽スタジオに入っていたこともあり、汗臭い。
身体のベタ付き感に少し辟易しているところ、見た顔があった。
「……おお」
改札の前に月夜がいた。送られた画像に写っていた女の子と話している。
あまりにも目立つ。この地に住んで暫く経つが、何故今まで月夜に気づかなかったのかと思うほどに、目立っていた。周囲の注目を集めてすらいる。
(春だから、だろうか。今日も、くそ可愛いな)
先ほど画像で見たが、生で見るとやはり可愛いと、率直に思った。
ショート丈の白いマウンテンパーカーに、オレンジのニット、アイボリーのプリーツスカート、足下はコルクで出来たヒールを履いている。言葉にすれば簡素に思えるが、ウエストのリボンといい、スカートのひらひら具合といい、明るい色のトップスといい。
(やばいくらい目立つ)
登未は少しの間、月夜の姿を呆けて見てしまった。先月までの関係性なら、見て見ぬ振りもできたが、今はそうもいかない。月夜が困ったような顔をしているのも気になった。登未は近づいて、声をかける。
「うっす」
「えっ」
月夜は小さな声をあげて、慌てて振り返った。
驚きすぎと思ったが、登未は苦笑しつつ片手を挙げた。
「お疲れ。そっちも、今帰り? それとも、出かけるところ?」
「え、あ、う。帰るところ、です」
月夜の反応は少々動揺しすぎに思えた。
何だろうと怪訝さを感じたが、訊ねるよりも先にしなければならないことがある。
登未は目を月夜から横に動かす。月夜の友人が、登未を見ていた。
「っと、はじめまして。飯田さんの同僚の宇田津です」
背は月夜よりも少し高い。髪は明るく茶に染めていて肩口くらいの長さだった。
濃い色のデニムジャケットを肩に掛けて、白黒ストライプのワンピースにスニーカー。
見るからに大学生らしい服装だ。
登未は女性に向けて自分の名前を告げ、会釈する。
「あ、はじめまして。
「後輩さん、なんですか?」
「いやあ、大学5年生でして。月夜とは中学から同級生です」
大学5年生、と言う聞き慣れない言葉。登未は少し考え、留年したのだろうと検討を付けた。
あまり触れるべきではない話題だ。そもそも、軽い挨拶だけで登未は帰るつもりだった。
用事は終わったので、『じゃ』の一言で帰ろうとしたところで気づいた。
「……すごい、荷物だな」
月夜と紅葉の足下に、ブランドロゴの入った大きめの紙袋が複数と、食材の詰まったビニール袋が6つほど置いてあった。食材だけではなく、飲み物も大量に買っている。どうしたのか、と月夜に目で問いかけると、月夜は目を逸らして頭を掻いていた。
「えっとですね。紅葉が家に泊まってくので、ちょっと色々買い込んでしまったんですけど」
泊まりで遊ぶため食材に菓子、飲み物を購入したものの、買いすぎて持って帰るのに難儀していたらしい。おそらくテンションを上げたまま買い物をして、いざ持って帰る段になって、重量に気づいたようだ。
(馬鹿だ。缶チューハイだけでも、いくつあるんだ? 売り場の全種制覇したんじゃないの?酒、強いのかな?)
買った以上、持ち帰る以外に道はない。登未は呆れつつも、地面に置かれた袋を掴む。
これだけ買って、まだ用事があるとは思えない。帰宅するだけだろう。もし、用事が他にあったとしても一度帰ってからにさせる。強く思いながら、荷物を持ち上げる。
「とりあえず運ぶわ。そっちの紙袋は自分たちで持てるよね?」
一人で持つには難があり、持ちづらくはあるが、登未にとって持てなくはない重量だ。
袋を二重にして、破れないように対策をしている。
おそらく、激しく揺らさなければ袋は家まで保つだろうと登未は歩き出した。
先導して歩けば、月夜たちはついて来ざるを得ないと思ったからだ。
寄り道の猶予は与えない。
「すご。何にも言ってないのに、持ってくれた。重くないのかな?」
「どうだ、すごいでしょ」
思惑通り、二人はついてきた。小声で話しているが、ばっちり聞こえてくる。何故か、月夜が紅葉に自慢しているが、物を持つくらいは男なら誰でもするだろうと、登未は鼻を鳴らす。
「意外と力持ちさんなんだね。てか、どうすんの?」
「う、うん。どうしよう……、ああ、お礼も言ってないや、ごめん行ってくる」
ぱたぱたと、最近よく聞く足音を聞いて、登未は首を横に向ける。
月夜が眉をハの字にして、登未を見上げていた。
「えっと、宇田津さん、あの」
「なあ。こんなに、買って飲みきれるの?」
月夜は何事かを口にしようとしたので、登未は先に口を開いた。
謝罪だとしたら聞きたくないし、感謝されるようなことでもない。
それよりも、こんなに購入して処理しきれるのかと不安を口にし訊ねてみる。
「えっと、いや、まあ。どうなんでしょう?」
「普段、こんな飲むの? 全然、イメージが湧かない」
「2人でこの量はちょっと自信が……。だいたいお泊まり飲みでも、4人ですから」
「4人?」
「はい。同級生3人と、後輩1人ですね」
つまり月夜を含めて4人でグループを形成しているのだろう。
登未は月夜の顔をじっと見た後、首を動かして後ろを歩く紅葉を見る。
目元が寝不足を訴えているが、紅葉も月夜ほどではないまでも整った顔立ちをしている。
美人が2人集まっていた。残る2人の友人の容姿が、突然劣ることもあるまい。
(ええ……、このクオリティが4人も集まんの? こええよ)
そんな美人が集結するなど、どんな確率だろう。流石に有り得ないと思いつつ、いつか写真でも見せてもらおうと、登未は心に決める。
「ああ、なるほど。つい間違えて4人分を買ったんだ?」
「あ、そ、そうです! さすが宇田津さんです」
「……間違えんなや、会計で気づけ」
「あ、う……、あはは」
乾いた笑みを浮かべて、そっぽを向いた月夜の後頭部をじっと見る。はたして、月夜はいったい幾ら使ったのかと、袋を見てわかる範囲の缶の数から脳内で金額を積算していると、月夜とは反対側から視線を感じた。
「……なんでしょう?」
紅葉が横に並んでいた。月夜と登未が会話する姿を見ている。
何故口元が笑みの形になっているのだろう、そう不思議に思う。しかし疑問よりも心の警鐘が鳴っている気がした。僅かに警戒する登未は、紅葉に警戒を払っていると、紅葉が一歩登未に近づいた。
「宇田津さん、でしたっけ? 重くないんですか?」
「重たいは重たいですけど、これくらいは……」
「やあ、すみませんね。持ってもらっちゃって」
「別にいいですよ。帰り道、同じなんで。ついでってことでお願いします」
紅葉が話しかけてくる。人怖じしない性格のようだ。登未としては自分の汗の臭いが気になるので、あまり接近して欲しくなかった。距離を取ろうと思ったが、反対側には月夜がいる。
黙ったままでは、そのうち臭いと思われそうだ。登未は観念して、白状する。
「あー、大変恐縮なんですが。ちょっと今日汗をかいてきたので、あまり近寄らない方が」
「あ、画像見せてもらいましたよ。バンドやってるんですか?」
おかしい。離れない。それどころか、話が膨らんだ。
登未は首を月夜に向ける。両手を合わせて登未を見ていた。
画像を紅葉に見せたことを詫びていると察する。
「えと、友人と遊びのようなもので……」
「ライブとかしないんですか?」
「……昔はしましたけどね。わざわざ山梨まで行ったりとか」
「……なんで、山梨?」
「色々ありまして。その後も色々あって、まあ楽しかったと言えば楽しかったんですが」
「すごい。なんか、その色々にツッコミたい」
話を聞きたいのではなく、ツッコミ前提というのは面白い。だが、おそらくきっと紅葉に話す機会は訪れない。帰り道で話すにしては、時間は残されていない。
「どうする? 部屋まで運ぶけど?」
月夜のマンションに到着していた。登未は月夜に問いかける。この場で荷物を渡してもいいが、袋の持ち手が指に食い込み中々痛い。月夜に託すのは酷だと思い、部屋までの運搬を提案した。尤も、部屋の前まで知人の男に来られるのは嫌だと言われれば、従うのは吝かではない。
「えっと……、頼んでも、いいですか?」
「あいよ」
躊躇いがちにお願いされたが、登未は即答する。物を運ぶだけだ。気負うこともなければ、まず何より風呂を浴びたい。早く終わらせて、家に帰りたかった。
月夜の住むマンションのエントランスに入り、集合玄関機に視線を向ける。
さすがというべきか、高層マンションなので当然と言うべきか。
オートロックは完備だ。半球型の認証装置がついていた。
(割と高めのマンションなんだな。すげえな)
セキュリティの設備にどれくらい金を掛けているかで、質は把握できる。
記憶では2世代前の認証装置だが、築何年かを考えると安い家ではない。
月夜に視線を向けると、カバンから鍵を取り出して認証装置にかざした。
自動扉が開き、月夜に続いてエントランスをくぐり、エレベータホールまで歩く。
(ん……。やっぱいいトコのお嬢さんなんだかね。なんでウチの会社なんか入ったんだ?)
容姿も良く、大手とはいえ一般企業の範囲の会社に月夜が入社してきた理由が今ひとつわからなくなってきた。マンションの内装をそれとなく眺めて、登未は月夜の背中を見る。
紅葉と笑い合いながら、月夜はエレベータの呼び出しボタンを押していた。
(ま、色々あんだろ)
考えても仕方なければ、登未が踏み込んでも良い話題でもなさそうだ。ましてや紅葉と話す月夜の姿は、普通の女の子である。
(まあ、可愛過ぎるってのはあるけどな)
それが最も異質である。登未は浮かぶ笑いを抑えず、紅葉と月夜の笑顔を見ながらエレベータの到着を待つことにした。
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